087.『知っていますか、お星様(2)』


 改めて地図を確認したら、この公園はちょうど中央付近で四つにエリア分けされていることがわかった。かなりの遠回りをしたようだが、あんなに歩き進んだのに、集落からもさほど離れてはいない。せいぜい三キロくらい。
 果帆の読み通り、榎本留姫と如月仁は死んではいなかった。と言うことは――ここで再び留姫と鉢合わせる可能性もある、と言うことだ。一抹の不安を抱きつつ、二人で迷った結果、キャンプ場やロッジハウスを覗いてみることにした。Iの5だ。ゆとり世代と呼ばれる自分たちのことだから、戦場とあっても、屋根のある建物を好むと思うのだ、自分がそうだから。レディスミスを右手に握りながら颯爽と先を行く果帆に遅れないよう、後ろを着く。
 エリアを越えると、再び森林に差し掛かった。雑草はあまりない。周辺を探ると、木の丸太で出来た階段があった。空太と果帆は、互いに慎重に階段を下って行く。どうやらここがキャンプ場らしい。ぱっと見る限り五軒ほどのコテージが間隔を広げて佇んでいたが、それぞれが木々で目隠しするようになっているので、懐中電灯だけでは具体的にはわからなかった。

「どう思う、間宮」
「なにが?」
「俺的には暗すぎて人がいるように思えないんですけど」
「あほか、お前は」

 果帆に叱咤されるが、そりゃそうだろう。

「一軒ずつ回ろう。終わったら、ちょっと休もうな」
「オッケー、晩飯食おうぜ」

 そして二人は、一軒目のロッジハウスの周辺を伺う。手分けした方が手早いのは間違いなかったが、いざという時のためにそれはしなかった。木材で設計されたロッジハウスは、一階建てだったのだが、古い作りらしくドアと窓が一つずつしかない。どちらもしっかりと鍵がかかっており、窓から中を覗いてみても、人気は感じられなかった。次に覗いてみたロッジハウスも同じ。その次も同じだった。
 四軒目に差し掛かったところで、覗く前に窓の付近を灯りで照らすと――少し違和感があった。照らされた灯火が、ぼうっと浮かび上がっている。ガラスは光を流してその先を照らすのに――ガラスの上に浮かび上がっているのだ。

「おい、間宮」
「なにかで窓を塞いでんだ」

 にらり、と果帆が不適に笑んだ。これはビンゴかもな、と言う具合に。だが空太はとても笑えなかった。緊張で背筋が張り詰める。――佐倉小桃だったらいい。白百合美海とか、乃木坂朔也とか。或いは日頃空太と親しい新垣夏季(男子十二番)や、――菫谷仁(男子六番)とか。始めに果帆が踏み出した。一気に怖じ気づきそうになる自分を奮い起こして、空太も後に続く。

 ドアへと続く木の階段に果帆の爪先が掛かったところで、どこからともなく、カチャカチャと、音が鳴った。



 二人はぎくりとして硬直する。振り向けずにいる空太に変わって、果帆が動いた。まるで空太を庇うように背後に回って、負傷している左腕を広げる。そして、言った。

「誰だ? あたしらは敵意なんてない」

 現に果帆はレディスミスを構えなかった。空太もゆっくりと振り返る。果帆の肩越しに黒い人影のようなものが、ぼんやりと浮かんでいた。懐中電灯で照らしたかったが、相手を刺激するだけだと思うと出来ない。果帆が続けた。

「あたし、間宮だ、間宮果帆。それに、本堂空太もいる。戦うつもりなんかない。出て来てくれないかな?」

 出来うる限りの冷静な口調で、語り掛けるようにゆっくりと、果帆が言う。人影が、なにも答えずにのろりと動いた。息を飲んだ空太は、草を踏み締める僅かな音を、今度は左右に感じる。果帆も気付いたようだ。つまり、前方と、右と、左と――なんてことだ、囲まれた。三人の誰かに囲まれた。人の気配なんて感じなかったのに、なんてことだ!
 前方の人影が徐々に近付くに連れ、輪郭が浮かび上がったが、誰かまではわからない。左右も同じだ。腰に差し入れたデザートイーグルに意識が向かうが、同時に榎本留姫との一戦を思い出し、なにも出来なかった。



 突然、背後のドアが開け放たれた。心臓が飛び上がり、力の抜けそうになる腰を踏ん張りながら、空太は再び首を後ろへ向けた。

「ぱーん」

 場違いな、悠長な声が聞こえる。



 果帆がへなへなとその場に腰を落とした。空太はと言うと、忙しなく瞳をしばたたかせ、完全に硬直していた。
 顔を包み込むようにしながら、果帆が嗚咽のように掠れた声を絞り出した。

「冗談きっついから……」

「スリル満点だったろ?」

 すっかり定着しているニヒルな笑顔を浮かべるのは、道明寺晶(男子十一番)だった。あの女たらしの。今、ぱーん、とか言ってほざいたやつ。
 ところどころ、愉快な笑い声が聞こえる。全部男子生徒のものだ。はめられた。おちょくられた。こんな状況なのに、よくやるものだ、畜生。

「空太、悪い悪い」
「間宮さん、ごめんよ」

 右側から小田切冬司(男子三番)が、左側からは竜崎圭吾(男子二十二番)がそれぞれやって来る。体育会系の二人組。ああ、よくアホなことやってたよね、そう言えば普段から、膝かっくんとかさ、今時なにが楽しいんだかわかんないようなことをさ。

「空太、会えて嬉しいぜ」

 前方にいた人影もやって来た。含み笑いを零しながら、彼の至急武器らしい拳銃を指で玩んでいる。夏季だ、新垣夏季。会えたらいいなと思ってたが、これはいくらなんでも悪趣味と言うやつじゃないだろうか。空太は心の中で静かに怒りの炎が燃え上がっていたので、返事はしなかった。
 果帆も同じだったろう。あの死闘を潜り抜け、決死の思いでここまで来たのだ。ふざけるな。

「俺、いま人生で一番ムカついてるわ……」

 空太の言葉に、果帆がドスを効かせた声で呟いた。

「バカの集まりだなこの野郎」





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