057.『こんなこと、やめよう(3)』
何故だろう。その人は、自分が再会を望んだ友人の、ひとりなのに。
乃木坂朔也と与町智治の戦闘の一部を、
「いや、いや、いや、いや」
「落ち着け羽村、落ち着け」
直斗が目撃した時、朔也はすでに銃を構えて至近距離で智治にトドメを刺しているところだった。智治のひょろひょろとした細い身体から血液が飛び散って辺り一面を汚していた。
唯央も同じところを目撃しただろう。咄嗟に悲鳴を上げようとした唯央の口を、直斗は掌で思わず塞いでいた。ほとんど反射的だった。じたばたと暴れる唯央を引きずって木々の間に隠れ、緊迫した状況では二人の接近に気付かなかったらしい朔也が赤いなにかを持って立ち去っていくのを、直斗は見届けた。
何故――恐怖で譫言を呟く唯央を宥めながら、直斗は自問自答を繰り返す。何故、俺は、隠れた? 一つ声を掛ければ、誰よりも親しい友人と再会出来たはずだった。乃木坂朔也。彼をよく知っている。優しい男だ。時折悪戯っ子のような無邪気さを見せることもあるが、物腰が柔らかで、空気が読めて、いつも誰かを気遣っているような、当たり前みたいに優しい男だ。一昨日は旅行の前日と言うこともあって、道明寺晶と三人で、晶の家に泊まっていた。中学生のくせにこっそりと酒を嗜んで、晶が吸っている煙草を二人で味見して、蒸せて、お前バカだなって、いやお前こそって、笑い合った友人の一人だ。
けれど、直斗はその友人に見つかりたくないと思った。そして震える唯央を必死で押さえ込んで、息を潜めて動かなかったのだ。
「羽村……」
普段から実は思っていたのだが、唯央は精神的に弱い部分があるらしい。朝方の
「やだ、もうやだ、いやぁ」
「大丈夫、もう大丈夫だ……」
言い聞かせるように、穏やかに諭しながら、直斗は自分の台詞を不意に鼻で笑いたくなった。なにが、なにが、大丈夫だと言うのだろう。自分たちだっていつ、与町智治のように血液をまき散らしながら死ぬか、わからないと言うのに。
大丈夫、と繰り返す言葉は自分自身にも言い聞かせているのだ。そして、戯れ言だとも思った。大丈夫なわけもないのだから。その証拠に、直斗はひどく動揺して、今にも泣き出したいほどであった。
あの朔也が、人を殺した。どんな事情があれ、優しかったはずのあの友人が、人を殺したのだ。
その事実は、直斗の胸に深い絶望感をもたらすのだった。