083.『オリオンと道化師(6)』


 どんな死に方をするのが、一番嫌かな、と前に漠然と考えたことがある。飛び降りは、確か、落ちている間に気を失うと言う。首吊りは貧血のように意識が遠退いて、ものの数秒で気絶するらしい。刃物で刺されたら血を失うので物凄く寒くなるが、傷は麻痺して痛みを感じ難くなると言う。
 焼身自殺と言うものがある。灯油やガソリンを被って、息絶えるまで火炙りに掛けられる自殺方法だ。ガソリンは燃える前に窒息するらしいからさておき、灯油は一気に燃焼しないのでじわじわと焼かれながら、苦痛の中で転げ回り、時間を掛けて死ぬのだと言う。
 まあ、焼かれて死ぬのだけは、御免だよな。漠然と、そう結論付けたのだが、もちろんこんなことになるとは思わなかった。体験する身になるとは。

 譲原鷹之がくるまっていた毛布の上を、千景勝平は必死の形相で転げ回っていた。熱いのだが、そう言うレベルじゃない。あまりの苦痛に、無意識に身体が飛び回るのだ。上手く呼吸も出来ない。喉も焼けたのかも知れない。耐え難い痛みだった。煉獄の淵にいる気分だったし、それに限りなく近い場所にいると思った。
 ――罰が、当たったのかも知れないと、僅かに脳裏を掠めた。復讐に支配された自分への、報復。因果応報とは、よく言ったものだ。八木沼由絵を殺めた譲原鷹之も、散々痛みを味わって死んだ。その鷹之を死に至らしめた自分は、この有様だ。
 身体を蝕んだ火が消えた。割と呆気なく消火したのかも知れないが、勝平には、何時間にも及ぶ苦境にいた気分だった。このまま力尽きてしまいたかったが、そう言うわけにはいかない。障子に燃え移った火の粉は今や、畳や木の壁を徐々に削いでいた。だが、まだそこまでの広がりは見せていない。勝平は苦痛を押し留めて毛布で壁を打った。ウール毛布だったことが幸いした。何度か打ち付けて壁の火が消えると、燃えた障子の倒れ込んだ畳に被せた。それでなんとか、部屋の全ての炎が消火された。

 勝平は疲労で倒れ込んだ。不意に意識が途絶えたが、身体の痛みの所為で、一瞬にして現実へ引き戻される。仰向けに倒れたまま、ぴくぴくと痙攣する右手で身体をまさぐる。全身が凄まじく痛いのだが、意外にも衣服は全て焼け落ちたわけではないようだ。火傷でぐちょくぢょとした皮膚(のようなもの)を辿ると、ところどころ縮れたカーディガンに引っかかる。恐る恐る、顔に触れた。ああ、爛れてる。顎の付近が一番ひどいし、右頬も特にイカレてる。改めて周りを見渡すと、視界が白く濁っていた。漠然と、もう死ぬのかなあと思い浮かんだが、不思議なことに、そのことに関して感情は沸かなかった。
 ひゅー、ひゅーと、音が聞こえる。どうやら自分の呼吸音らしかった。ああ、本当にもうダメかも知れない。簡単に死ぬつもりはなかったが、案外こんなものだろうな、と、やはり漠然と思った。
 勝平は瞳を閉じた。もう、疲れた。このまま意識がなくなって、二度と覚めなければ良い。思えば、ろくでもない人生だったが、学校生活は割と楽しかったなあ――そこまで思って、勝平はゆっくりと、身体を起こした。

 死ぬ前に、叶えたい願いが、ささやかな願いが、一つだけあった。せめて、由絵の、出来るだけそばで、死にたかった。





【残り:28名】

PREV * NEXT



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -