017.『危険な航海(2)』


「知佳子が出てきたわ」

 千恵梨の言葉に、一同は一斉に幸路知佳子に駆け寄る。

「委員長たち、待っててくれたのねー!?」

 昇降口に倒れた桧山洋祐を見たはずだ。こんな状況だと言うのに、知佳子は普段のお調子者ぶりを忘れてはいなかった。豪快な素振りで大手を振り、こちらに笑顔を向ける。

「あまり大きな声を出さないでちょうだい」

 灯里がむっとしたように知佳子に詰め寄ると、知佳子はしまったと言うように頭を掻いて、愛想笑いを浮かべる。
 すぐに歩き出す一同と連れ添いながら、紘那はさり気なく知佳子の左前を歩く。同じ気遣いを察して知佳子の横には、珠緒が連なっていた。

「これからどうするのー?」

 知佳子にしては大人しくしているつもりだろうが、普段豪快な彼女の話し声は本人が控えめに装ってもやはり大きめである。
 前方を歩く千恵梨が少しだけ振り返って全員に耳打ちする。

「少し歩くことになるけど、南の方に灯台があるの。そこなら周りも見渡せるし、高いから奇襲もされ難いはずよ。急ぎましょう」
「そうなんだー。でも奇襲なんて、されることあるのかなー?」

 楽観的に笑いながら言う知佳子に、灯里が頭を抱える仕草をした。

「そう言えば委員長?」

 ぎくりと、紘那の背筋が寒くなる。勿論隠していても、どの道すぐにバレる。ベアトリーチェが言っていた、毎日午前と午後の零時と六時に死亡者を発表すると。けれど今この場は見逃してほしかった。数多の残酷な現実を突きつけたくなどない、無用な争いを生んでしまいたくない、みんなの為にも。

「乃木坂は探さなくていいのー?」

 思いの外、的外れな質問にほうっと息を吐く。もっとも、乃木坂朔也(男子十三番)の名前を出す時点で、その質問も十分場違いではあったのだが。

「無理よ。今は乃木坂くんより、リーダーとして、みんなを安全なところに連れていかなくちゃ。あなたたちを見捨てるわけにはいかないわ」
「そっか、さすが委員長! 惚れ直しちゃうわ!」
「知佳子、お願いだから、灯台に着くまでは少し静かにしよ」

 珠緒の制しを受け、知佳子はちろっと赤い舌を出すと頷いた。正門を通り過ぎる。知佳子が塔子の遺体に気付くことはなかった。

 けれど――。

 紘那は千恵梨の押し黙った背中を見つめる。見つめる。
 あなたたちを見捨てるわけにはいかないわ――千恵梨の言葉は本心だろう。勿論、千恵梨の言葉を信じている。けれどなんだろう、爪先から頭の天辺まで循環する血液が、先ほどからなんだか冷たく感じるのだ。なんだかよくわからないけど、そこはかとなく恐ろしかった、不安だった。


 ねえ、千恵梨。
 本当は? 本当は、がっかりしてない?
 ねえ、ねえ、千恵梨……。


 決して口を吐くことなく、紘那は心の中で、囁く――。





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