065.『一緒に死のうよ(3)』


 雛子の上半身が、土下座をするような形で崩れ落ちた。か細く甲高い、小さな悲鳴が、歯の隙間から絞り出されている。なにかの鳥の泣き真似のような、聞いたこともないような声を上げて、雛子はめちゃくちゃに泣き喚いた。ツインテールの髪を振り乱し、芝生の地面を殴ったり割れた額を擦り付けたりしながら、止め処なく涙を落としていた。

「なんでなんでなんでなんでなんで!」

 政秀は完全に引いていた。そのあまりの取り乱し方は、政秀には到底理解の及ばないことであった。政秀の目には、雛子の爆発したヒステリーは正に狂人のそれとして映ったし、女の本質を見たような、不気味な気分に侵されて、足が竦むような恐怖を覚える。そんな得体の知れないものを見ているのも、近くに居るのも、気持ちが悪い!
 じりじりと後退りし、政秀は雛子を置き去りにしようとようやく動き出す。そのまま立ち去ってしまうつもりだった。だが、逃げようとする政秀に気付いた雛子が、草や土や血で汚れた顔を上げ、必死の形相で政秀を睨みつけて来る。いや、雛子には、睨んでいるつもりなどなかった。けれど政秀には、そう見えた。
 恐怖と嫌悪で引きつった政秀の唇から、ひっ、と情けない音が漏れた。でかでかと眼を見開き、歯茎を剥き出し、額から血を流しこちらを睨む様は、もはや政秀にはスプラッター映画のワンシーンと同じだった。
 地べたを這い蹲るように、雛子が動く。足が竦み上がっていた政秀は反応が一歩も、二歩も遅れてしまう。ボウガンの先はしっかり雛子に向けられているのに、矢を放つ勇気もなかった政秀は、自身の足元に絡み付こうとする雛子の接近を簡単に許したのだった。

「や、やめろ!!」

「高津! 高津! もういい殺して、殺して殺して殺シテコロシテよあああああ、ねえええ! 殺してねえもう一緒に死のうよおおお!」

「わあああああ!!」

 グレーのズボンの裾を掴みながら、雛子が悲願を叫ぶ。政秀の、腰よりも下、ほとんど尻の辺りでベルトに固定されていた制服のズボンが、どんどんずり下がり赤いトランクスが丸見えになった。咄嗟にゴルフクラブもボウガンも手放してしまった。だが今は、政秀は雛子を突き放すので精一杯だったし、雛子も、政秀を逃がしたくない一心でそれどころではなかった。
 政秀は下半身の不自由さに戸惑いながらも、無我夢中で雛子を蹴り飛ばそうとする。しかし――

 揉み合い、争い合っていた二人は気付かなかった。二人のすぐ傍らに、黒っぽい、楕円形の物体が落下した。

 すぐに響き渡る爆破音と共に、雛子の身体が弾け飛ぶ。同時に政秀も、身体の右側、太股や脇腹や頬の辺りに、焼けるような激しい痛みと衝撃を受けて、吹っ飛んだ。



「く、あああ……」

 弱々しい呻き声が自分の唇から漏れるのを、政秀は信じられない気持ちで聞く。身体の右側の方が、ほとんど全部が、馬鹿みたいに痛い。そして肉を燃やしたような不快な臭いが立ちこめた。
 政秀は事態を把握しようと右腕をさすろうとして、すぐに違和感を覚えた。しかしその正体まではわからなかった。何故ならそこにあるはずの、腕がなかったからだ。ただ、触りたい場所にいつまでも辿り着けないもどかしさが不思議だった。
 それに、この時政秀は、盲目の世界にいた。瞼にも、焼けるような染みるような痛みがあったのだ。

「い、てえ……いてえ……」

 目が見えない。

 なにもない暗闇の中で、政秀は不自由な身体を懸命に動かしてもがく。誰に向けられるともない、苦痛を訴えながら。
 しかし、誰かがその苦痛の声を、最後に受け止めたのだった。

「大丈夫、これで終わりよ」

 銃声が、二度響いた。もちろん政秀が聞いたのは、初めの一発までだったが。





10/20 PM16:05
男子八番 高津政秀──死亡
女子十二番 野上雛子──死亡

【残り:29名】

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