019.『会いたい』
「すげ……本物かよ?」
流石に鍵を壊して祭殿の中へ入るのは罰が当たりそうで気が引けたので、弊殿の手前に置いてある大きめの賽銭箱の裏に身を隠し、改めてデイパックの中を調べる。拳銃が入っていた、名称は
対する果帆に支給されたのは
「あほらし……なにやってんだろ、あたし」
「なんでだよ、結構カッコ良かったぜ?」
「バカ。こんなの本当は使いたくないだろ」
「まあ……そりゃ、な」
空太は頭を掻いて、視線を落とす。デイパックと私物を整理していく。飲み物を持ち込んでいて良かった、水道も電気も使えない今、水分は貴重だ。暫く必要、不必要と試行錯誤を繰り返し、デイパックに必要なものだけを収める。私物のバッグは移動する際には捨てることにした。
十月も下旬、夜は結構冷える。空太は紺色のブレザーの下に紺色のカーディガンを着込むことにした。果帆は藍色のカーディガンの上に、茶色のブレザーを羽織って、暫く考えるような顔をしてから、空太を見た。
「おい、引くなよ」
「なにが?」
私物の黒いスウェットのズボンを取り出して、短めのスカートの下に履く。なるほど、これで大分暖かくなったはずである。空太はほうっと息を吐く果帆を見ながら問いかけた。
「なあ、女子ってさ、……ってかお前らってさ、なんでそんなにスカート短いの?」
「はあ? お前、こんな時にセクハラかよ」
にやっとしながら言う果帆に、空太は慌てて首を振ってみせる。
「違う、違う違う違う! だって冬とか寒いじゃん! て言うかスウェット履くならスカート脱げばと思うし」
「さすがにそれは、ちょっとダサすぎるだろ」
スカートの下にスウェットを履くのはそれほどダサくないらしい、空太にはその基準がよくわからない。ああ、でも、引くなって断ってたな。少しはダサいと思ってるらしい。
「ここ、固いな」
果帆が恨めしそうに呟く。確かに一晩過ごすには過酷である。これまでの人生、コンクリートの上で夜を過ごしたことなどないのだから。
「なあ、……金見のことなんだけど」
言いにくそうに、果帆が話し始める。空太は静かに頷いた。
「気を落とすななんて言えないけど、その……金見の仇を討とうとか、考えるなよ」
「うん。間宮と一緒だし、そんな無謀なこと考えてないよ。そもそも、誰がやったのかだって、わからないしな」
「それなんだけどさ、お前、どう思う?」
空太は思わず果帆を見て、首を傾げた。
「どう思うって?」
「あいつらをやった犯人さ。なあ、金見と香草って、仲良かったか?」
「悪いってことはないと思うけど、取り立てて仲良いってわけでも……」
「金見と香草が実は付き合ってたとか、金見が香草を好きだったってことは?」
「いや、あいつは一個下に彼女がいるよ。結構前から」
果帆の言いたいことがよくわからない。仮に金見雄大が香草塔子を好きだったとして、なにかあるのだろうか。
「金見が香草を待ってたってんじゃない限り、犯人は大体予想が着くよ。決め付けることもできないけど……多分、榎本留姫だ」
思わぬ名前に空太は目を見開く。
「榎本は無理だろ、金見を殺せるとは思えない」
「金見と香草が二人でいたってんなら、その後の如月を疑うこともできるけど……でも、あんたの話だとそんな関係でもなさそうだろ? なら、金見の前に出た奴しか、怪しいのがいない。待ち伏せして、立て続けに殺したんだ」
「だから榎本だってのか? あの体格じゃ、難しいよ」
「確かに、榎本も襲われて、逃げ切ったって可能性もあるけどな。なら……今度は小田切が怪しくなるだろ、必然的に」
「小田切……小田切はそんな奴じゃないよ。あいついい奴だし」
「あたしもそう思う」
果帆が膝を抱えて顔を伏せた。確かに果帆の言うことは憶測にしても、論理的なように思えた。けれど、あの榎本留姫が積極的に殺人など侵すだろうか。普段からどちらかと言えば消極的な人物だ。空太には、なるほどと納得することができない。
「あくまでも憶測だからな、断言はできないけど……榎本に会ったら、警戒はした方がいい」
「……そうだな、一理あるとは思うよ、間宮の言ってること」
「……ごめん。気を悪くした?」
膝に顔を埋めつつ上目遣いに見上げ、珍しく謝罪を口にする果帆に面食らって、空太は慌ててかぶりを振る。
「そんなことないよ、一理あるって思うし。あ、なあ、だったら桧山は?」
「それはわかんない。でも、首に矢が刺さってただろ。あれ、ボウガンとかその手の類の武器だから、見ればすぐわかると思う。いくら相手が、まだ誰も殺してないって言い張ってもな」
空太は頷く。こう言った話をしていると、自分たちがプログラムに参加させられた現実がやたらリアルにのし掛かってくる。深夜の神社にいることや拳銃が手の中にある以外は、静かで星なんかも綺麗で、とても殺し合いをさせられてるようには思えないのに。
果帆はどうなのだろう。気丈に振る舞っているし比較的落ち着いているし、普段と変わりないように思えるが、男みたいな口調で喋っていても、女の子なのだ。
ぼそりと、果帆が呟いた。
「美海やみんなに会いたいな……」
ああ、と空太は夜空を仰いだ。自分も、会いたい人がいる。けれど、叶わない願いかも知れないし、ましてや出会ったところで、その人のために盾になることくらいしかできないだろう。そんなことを望む人だろうか。自分の気持ちなど伝えられるわけもないのだから、それも良いかも知れないが。
俯く果帆の肩に手を伸ばして、空太は二度、優しく叩いた。