026.『グッバイララバイ(1)』


 Iyearn if dear and repeat it, and do the tears spill whether the magic will melt if I touch it?
(触れたら魔法は溶けてしまうだろうか、愛しいと想い重ねて涙は零れるのかしら)

 Good-bye...lullaby...
(さよなら、子守歌)





   * * *



 キラキラと、月明かりに照らされた海面が煌めく。
 こんな光景を二人きりで見れるだなんて、まるで魔法のようだ、と。



 秋尾俶伸(男子一番)都丸弥重(女子十番)は、北の丘で、夜空を背に遠慮がちに寄り添った。二人の掌はあと数センチのところで、お互いになんとなく照れくさくて、重ならない。
 一番手に分校を発った俶伸は、出発前の教室で殺し合いをする≠ニ書かされた用紙にこっそりこのエリアを書き連ねると、通り掛かりに弥重の机にそっと差し出した。黒板に描かれたベアトリーチェの雑な地図では伝わらないのではと不安ではあったが、こうして巡り会えたことを考えるとなんとかなったようで、心底安堵したものだ。
 数十分遅れて北の丘へやって来た弥重は、酷く青白い顔をしていた。無理もない。俶伸は知らなかったのだが、香草塔子や金見雄大が殺されていたこと、すでに殺し合いが始まってしまっていることを聞かされた。こんなことなら、もう少し近いところで待っていれば良かったと少し後悔した。けれど俶伸の姿を認めた弥重が、愛おしそうにその目を細めた時、無事に会えて良かったと本当に心から嬉しかったのだ。心の底から。

「秋尾くん」

 唄うような優しい口調で、弥重が心地良さそうに囁く。俶伸はその奏でられる音色に耳を傾けながら、ささやかな幸福に、胸が躍る。

「私、最後に秋尾くんに会えて、本当に嬉しかった」

 うん、と耳心地の良い音色に合いの手を入れるように、頷く。

「寒くて薄暗い私の世界が、明るく煌めいたのは、あなたのおかげだった。どれほど救われたか、わからないよ。いつも、いつも、祈っていたの、秋尾くんのそばに、いれますように」

 うん――歌詞のように弾む、涼やかな音色。この声が、好きだ。不思議な響きのする話し方も、控えめにほどけた笑顔も、一生懸命な立ち振る舞いも、なにもかも、ずっと、初めて会った時から好きだった。
 叶わない恋だろうと、昔はずっと諦めていた。弥重の視線の先にあったのはいつだって自分ではなかったからだ。それは例えば、文字が連なった黒板だったり、窓の外に写る花壇だったり、気の知れた友人の戯れだったり、そして、例えば、少しギザったらしい澄まし顔だったり、とにかく俶伸ではなかった。こうして言葉を交わすことだって、叶わないことだと思っていた。弥重は自分を怖がっていたのだ、間違いなく。
 幼い頃に母親が家を出ていき、父親と二人で過ごす家は味気なくて、何度も母の温もりを思い浮かべては寂しがった。父親のことが嫌いなわけではないけれど、なにかと放任され好き勝手に友人と遊ぶ内、気付けば同じような不満を抱えた連中とばかり連むようになっていた。群れると人間と言うのは、なにかと自制が利かなくなるもので、小学生の頃は何度も問題を起こして叱られたものだった。
 だから父親が密かに憧れていたこの私立中学に入学させてくれると言い出した時、俶伸は耳を疑うくらい驚いたものだ。勿論、初めはなにかと素直になれなくて渋ってはいたものの、断る理由などなにもない。ただ、宍銀中に入学したからと言って、素行が劇的に改善されると言うこともなかったのだが。そう言うもんだ。けれど小学生の頃は休み勝ちだった学校だけど、極力サボらないよう努めはした。それは多分、父親への義理ももちろんあったが、弥重がいたからだ。

 やたら頑張ってる女がいる、初めはそれくらいの印象だったと思う。けれどそう言った印象を抱く時点で俶伸には目が離せない存在であった。努力とか一生懸命とか、俶伸には程遠いものであったからだ。だから初めて会った時から、多分好きだった。



「白百合に感謝しなきゃ、お前と巡り合わせてくれた、あいつに」

 微笑みながら、弥重が頷く。

「生き残るなら、白百合さんみたいな人が、いいね」

 俶伸も、頷き返す。



「なあ、本当にいいのか、俺と一緒で」
「秋尾くんがいい。ずっとそばにいてほしい」

 二人のいる丘の向こうには、果てしなく海が広がっている。断崖絶壁と海との境界線を越えれば、一溜まりもなく、無力なこの器から解放されるだろう。
 弥重に書き置きを渡した時、弥重がこの選択することはなんとなく察しが付いていた。ダテに二年半、見つめてきたわけではないのだから。

「私ね、ずっと、乃木坂くんのことが好きだった」
「……うん」

 それも知っていた。あの澄ました横顔に何度嫉妬したかわからない。

「乃木坂くんを好きで、辛かったこと、たくさんあった。でもね、私、誰も嫌いになんてなれないの。友達だもん、好きよ、大切よ、だから、殺し合いなんて絶対にイヤ」
「うん」

「それに、もしも、秋尾くんが私の目の前で殺されちゃったら……、そんなの、見るのも考えるのも、イヤ。だって、あなたは、私の一番大切な人だもの。ねえ、本当だよ? 秋尾くん、私、白百合さんに義理立てしてるんじゃないの、今は本当に、秋尾くんのことが」

「待って、弥重。その先は俺に言わせて」

 遠慮がちに触れられずにいた掌と掌が重なる。触れたら魔法が溶けてしまうだなんて、馬鹿みたいな幻想。不器用な自分たち二人には、こうなるまで、その幻想を打ち破ることができなかった。今、心残りがあるとすれば、それだけだ。

「お前を一人きりになんか、させやしない。弥重、俺、弥重のこと、好きだぜ。本当にずっと、大好きだったぜ」

 初めて言葉にして伝える。願わくば、こんな拙い言葉ではなくて、重ねた手と手から全てが伝われば良いのにと、表現しきれない全ての思いが伝われば良いのにと、そして弥重のなにもかもが流れ込んでくれば良いのにと、思う。心から彼女を、愛しく思う。

「一緒に、逝こう」

 折れてしまいそうなくらい儚げで、可愛い弥重。ずっと一緒にいよう。
 初めて弥重をその胸に抱いているのは自分の方なのに、俶伸はまるで弥重の腕の揺り籠に包まれているような、不思議な心地がしていたのだ。

 自分たちの幸せのために誰かの祈りに通じますように、と。彼女が泣くなら明日世界が全て消えてしまえば良いのに、と。本気で願ったあの頃が、ひどく懐かしい。





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