043.『シロツメクサの花冠(1)』


 道沿いにシロツメクサの花が咲いていた。校庭にもいつも咲き乱れていたから、よく目撃していたし比較的馴染み深い花だ。幼い頃はよく四つ葉のクローバーを探して願掛けしたり、押し花にしてみたりした記憶がある。そして、プログラム開始からずっと一緒にいる美海が、それで黙々と花の冠を作るのを眺めているからだろうか、馴染み深いはずの花の記憶が、遠い昔のことに感じて、ひどく懐かしい。
 小桃は押し黙りながら、先ほど命を絶った由絵を木陰に移動させその側に寄り添い、うなだれる勝平を見つめる。朝の放送で、勝平と親しい真柄の秋尾俶伸の名前が読み上げられた。一緒に都丸弥重の名前も呼ばれたのでそれが唯一の救いだと、あのときは気丈に振る舞ってみせた勝平も、目の前で徐々に失われた恋人の死には大きなショックを受けていた。小桃は、それが自分だったらと想像して、立ち直れるわけがないと首を横に振る。勝平の気持ちは痛いほどにわかるつもりだった。かく言う小桃自身も――弥重の死にはとてもショックを受けたのだから。

 弥重は小桃と同じで、乃木坂朔也のことが、ずっと好きだった。小桃は弥重との思い出を回想する。今はお互い別のグループに身を置く真柄だが、宍銀中に入学して初めて仲良くなったのが、弥重だった。当然、そのまま一緒に行動することが多くなった二人は、休み時間や放課後、学校の行事もいつも一緒だったし、プライベートでもよく遊んでいた。
 けれど、いつしか二人、揃って同じ人に好意を寄せるようになってしまった。距離を起き始めたのは小桃の方だ。確かに初めは、抜け駆け禁止とかベタなことを言いつつ、朔也の素敵なところを語り合ったり微笑ましくやってるつもりだった。けれどそれは、やはりつもりだ。弥重が疎ましかったわけではないけれど、朔也と話したりする機会に弥重を思い出してしまうのが苦痛になった。逆に弥重が朔也と話してるのを見て、嫌な気分になったりもした。他の女の子が朔也と絡んでるのを見ても、そこまで嫉妬心は強くなかったのに、弥重は特別だったのだ。多分、誰よりも気心知れた友達だから。いつの間にか、小桃の中で弥重が、純粋な友達ではなく恋敵になってしまった。
 精神的に距離を置くようになって、少しずつ、小桃は当時からそれなりに仲の良かった田無紘那(女子九番)深手珠緒(女子十四番)と、本当に少しずつ、行動を共にするようになった。そうすると必然的に独りきりになってしまう弥重が保健室に通うようになって、少しずつ、少しずつ、二人の距離は離れて行った。自然と小桃は主流派メンバーに加わることになり、弥重も、朝比奈深雪(女子一番)榎本留姫(女子三番)と行動するようになった。
 だから、揉め事が起こったわけではないし、確執があるわけではなかった。けど、一度だけ弥重が泣いてるところに遭遇してしまったことがある。戸惑って躊躇しつつ、小桃は弥重に事情を聞こうとしたけれど、居たたまれなかったらしい弥重がその前に走り去ってしまって、どうすることも出来なかった。そして、こうも思った。――泣いているのは、自分のせいではないかと。
 そうして、弥重に対する罪悪感をいつも覚えるようになった。ふと気付いたとき、弥重が朔也と言葉を交わす場面をまったく見なくなって、更に罪悪感は膨れた。かと言って、今更謝ったり歩み寄ることも出来なかったのだが。
 だから弥重が俶伸と恋仲になっていたのも知らなかったし、放送後に美海と勝平に聞かされたときは驚いた。そしてかつての友の死の悲しみと同時に、安心してしまう自分もいて、小桃は自分のそんなところを嫌な人間だと感じるのだ。――もっとも、弥重が朔也を諦めていたことに安心したのか、最期のひとときに新たな想い人と生涯を添い遂げただろうことに安心したのかは、わからなかったが。

 小桃はそっと立ち上がると、道沿いでシロツメクサの冠を作る美海のもとへ歩み寄った。

「白百合さん、あたしも、一緒に作っていい?」

 不思議そうに小桃を見上げていた美海が、柔らかく微笑んで目を伏せた。小桃はそれを肯定の意味に受け取って、美海の正面で花を摘む。十月も下旬、生命力の強い花と言えども、開花しているのは今が最後だろう。白い花弁はところどころ、茶色に枯れていた。
 互いに亡くなった友人を想い、シロツメクサの花を編む。心の中で、何度も何度も、謝罪を繰り返しながら。





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