067.『透明な罪にしなだれて(2)』


 しゅんと雑草の上に躍り出たそれを本堂空太は、なんか亀の甲羅みたいなのが飛んで来た、とまず一瞬で思った。惚けた面で小首を傾げようとすると、隣にいた間宮果帆が血相を変え、空太の身体を引き摺るように腕を取って駆け出す。そして、立木の裏側に空太を突き飛ばしたところで、亀の甲羅が落下した。

「伏せろ!」

 果帆が叫んだのに合わせて、ようやく危機感を覚った空太は立木の根っ子に額を押し当てる。落下して、一秒か、二秒か――いや、ほとんど落下と同時に、ドゴンと破裂する音が周囲に響く。石や草や土の破片が、立木の反対に衝突するのを感じて、空太は頭を両手で更に、深く深く抱えた。
 一通りの衝撃が過ぎ去ると、空太は恐る恐る頭を上げる。先ほどの爆破音と同じものを受けて、自身の生死を疑ってみたが、とりあえずどこにも痛みはない。生きているようだ。

「平気か?」

 すぐそばで、果帆の声が聞こえる。空太がそちらに視線を向けると、別の立木を背にした果帆が、空太を心配そうな面持ちで見ていた。しかし空太はその果帆の姿に思わず目を見張る。
 ――果帆の勝ち気そうな、切れ長の大きな瞳の下、左頬が擦り切れて血が滲んでいる。そして、左の二の腕の辺り、藍色のガーディガン越しに右手で握り締めたそこから、指の隙間を通って血が滴っていた。それだけじゃなかった。左ふくらはぎの辺り、黒いソックスが裂け、赤い肉が剥き出しになっていた。今の、あの亀の甲羅――手榴弾の破片にやられたんだ!

「平気かって、お前こそそれ!」
「動くな!」

 急いで駆け寄ろうとする空太を、果帆が険しい面持ちで制する。手榴弾の飛んで来た付近、それより向こう側だが、人影がゆらりと動いた。――榎本留姫だ。さっき茂みから様子を伺っていたから知っている。留姫が着込んでいる学校の指定ジャージは、本来紺色のはずなのに、絵の具を被ったみたいに真っ黒だった。返り血を大量に含んでいるのだろうと果帆が言っていた。
 負傷した果帆と、自分たちを殺そうとした留姫を見比べる。果帆の元に駆け寄りたいのに、手当どころか傷の具合も確認出来ないことが、もどかしくて堪らない。

「クソ、早く手当しなきゃ!」

「大丈夫、こんくらい、かすり傷」

 べったりと血塗られた右手で、果帆がスミス&ウエッソンM3913――レディスミスを握り締める。引き金に指を掛け、背後を気にしながら空太に言った。

「いいか? 三数えたら走れ。逃げるぞ」
「え、間宮、走れるのかよっ?」
「走れる。大丈夫」
「でもでも、その足で……!」
「平気だって! いいか、これを全部撃ち込むから、榎本が怯んだ隙に逃げるぞ!」

 そう言って、果帆は体制を整えようとする。空太は自分のデザートイーグルに手を伸ばし掛けて、はっと思い立って、果帆に手を差し出した。

「バッグ! こっちに投げて! 俺が持つから!」



「なんの相談をしているの?」





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