031.『彼らを殺したのは(3)』
「勝平くんったら、どうしてあのタイミングで入って来るのよ。信じられなーい!」
「悪かったってば。……なんで俺が謝ってんだ?」
すっかり着替えた美海が、ピンク色のカーディガン越しに二の腕をさすりながら小桃と勝平のいる休憩所へやって来た。文句を言いながらも勝平の為に店まで取りに行っていたらしい、お茶やおにぎりをテーブルの上に置くと、先程まで小桃が横になっていた布団に足を突っ込んだ。建物の中とは言え、あんな格好でいたから身体が冷えてしまったのだろう。小桃は、布団の温もりにほっと息を吐く美海に訊ねる。
「白百合さんこそ、どうしてあんな格好をしていたの?」
「お風呂入れなかったから、身体を拭いてたの。小桃ちゃんもする?」
にっこり笑いかける美海に、遠慮して小桃は手を振った。風呂に入れなかったのは残念だが、勝平がいる今の状況では服を脱ぐのは躊躇われた。もちろん、勝平が覗くと思っているわけではないが。
「お前ら、いつから二人でいたんだ?」
美海が持って来たおにぎりを頬張りながら、勝平が問いかけてくる。答えたのは美海だった。
「出発してからずっとよ。分校から、ずっと」
「白百合、外で待ってるって言ってたよな?」
「……そうね。ごめんね、言ったこと守れなくて」
教室を出る際に美海がクラスメイトたちに向けてそう声を掛けたのは、後から本人に聞いていた。美海は待てなかった状況を大分悔やんでいたものだ。一緒にいた小桃は知っている。
「悪い、責めたわけじゃねえんだ。あんな死体が転がってたんじゃ、難しいと俺も思うよ」
少し無神経な言い方に聞こえた。死体が転がっていただなんて、命の尊重もなにもない。小桃は少しカチンと来て、勝平を窘める。
「千景くん、そんな言い方ってひどいわ。つい数時間前まで生きていたクラスメイトなのに」
「……悪い。俺なんか気に障ること言ったか?」
イマイチ伝わっていないことに腹を立てる気は失せた。美海が雰囲気が重苦しくなる場を立て直すように、その時の状況を説明する。
「あたしたち、死んでしまった香草さんのそばに如月くんがいるのを見たの。もちろん、如月くんが二人を」
少し言葉を選ぶように一息吐いて、結局言い回しが思い付かなかったらしい。
「――殺したとは、言い切れないけど。警戒はした方がいいと思うわ」
「殺したのは如月なのか? 俺はてっきり、金見の前に出た奴が待ち伏せして殺したんだと思ったが」
はっとなる美海と小桃の様子を意外そうに勝平が眺める。
「確かに、その可能性もあるのね」
「けど、だったら如月くんはなにをしていたのかしら? 如月くんが出発してからあたしたちが出てくるまで、それなりに時間があったはずよ。塔子がすでに殺されてたなら、あの場所に何故いたの?」
「……応急手当て、とかな」
勝平が握り飯をお茶で流し込み、続ける。
「あいつらを襲った犯人は如月に返り討ちにあったんだ。それで、逃げ出した。如月は溺死の重傷だった香草を助けようとして、その場に留まってた。けど死んじまった。そこをお前らが目撃した……とかならどうだ?」
顔を見合わせる小桃と美海を後目に、勝平は別の握り飯の袋を破る。
「けど、これも憶測だ。警戒するに越したことはないだろ、如月も、それより前の奴らも」
美海が布団から足を引っ張り出した。すぐに小桃の肩に手を掛け、布団で眠るように促す。唐突のことに小桃は戸惑い、咄嗟に首を振る。まだ話しは終わっていないのに、どうしたと言うのだろう。
「白百合さん? でもあたし、さっき寝かせてもらったから」
「ごめんね、小桃ちゃん、ちょっと……」
「え?」
美海の気を察したらしい勝平が、握り飯を飲み干して立ち上がった。その手には煙草とジッポライターが握られている。
「あー、俺、煙草吸ってくるわ。白百合も来るか?」
「ええ、一本もらってもいい?」
さすがは不良。まだ未成年だと言うのに煙草を吸っているのだ。美海までそれに付き合うと言ったのは意外ではあったが、口実なのだろう。別にここで吸ってもいいのに――仲間外れにされたようで不安になってしまう。どうやら小桃に聞かれたくない話をしたいらしい。
そんな小桃の気持ちを察したらしい美海が、優しい眼差しで小桃の頭を撫でた。いい子に待っててね、と言う意味だろうか、不思議と悪い気がしないのだから大したものだ。
小桃は大人しく布団に横になり、二人が休憩所を出て行くのを見守る。目を閉じてみるが、今度は眠れなかった。