030.『彼らを殺したのは(2)』


 微睡みの中、ゆっくりと目覚めた小桃のぼんやりとした瞳に映ったのは、頼りなさげにボタンの掛けられたワイシャツから大きく覗いた胸の谷間であった。続いて惜しげもなく晒された、すらりと延びる白い太股に視線を向ける。
 小桃は途端に目を点にして、太股や谷間から視線を逸らせないまま美海に訊ねた。

「あの、白百合さん、それは少し場違いなんじゃ……」
「しっ! 小桃ちゃん、誰か入ってきたわ」
「えっ」

 それでようやく小桃は、切迫した美海の表情に気が付いた。美海はチーフスペシャルを片手に、ワイシャツのボタンの残りを一つ一つ掛けながら、ここで隠れててね、と小桃に耳打ちする。小桃は緊張に打ち振るえつつ、身を翻してドアの向こうへ消える美海を見送ってから、はたと我に返り、急いでその後を追いかけた。

「白百合さん」
「……待っててって言ったのに」

 声を忍ばせながら、美海が困ったように微笑み掛ける。廊下の曲がり角で二人息を潜めると、確かに人の気配が向こうに漂っていた。そして、懐中電灯の微かな灯りがこちらまで届いている。
 美海が小桃に目で合図を送ってくる。小桃がゆっくりと頷くと、美海は廊下の曲がり角から身を出して、店を徘徊する気配に向かって声を上げた。

「そこにいるの、誰?」

 カチャリと、美海の構えたチーフスペシャルが音を立てる。
 薄暗闇にぼんやりと浮かんでいる気配の持ち主は両手を上げて二、三歩後退る素振りを見せたが、はっとなったように動きを止めた。美海も、目を見開いてその人物を見据えている。

「その声、白百合か?」
「……勝平くん?」

 美海の声を聞いて小桃も廊下から顔を覗かせる。気配の主が手にした懐中電灯を小桃に向けたので、小桃も負けじとその姿を懐中電灯で照らした。千景勝平(男子九番)で間違いなかった。普段は御園英吉(男子十七番)を始めとした不良グループの面々と連んでいるが、去年の今頃からおっとりした美少女、八木沼由絵(女子十九番)と交際しているのはクラスでは有名な話で、なにより、噂なので真相は定かではないが、その二人を取り持ったのが美海だと言うのも、有名な話だ。
 つまり美海は勝平とも親しい真柄だった。現に美海は勝平の姿を認めて、ほっと安堵したようにチーフスペシャルを下げる。対する勝平もそれは同じなようで、敵対心は全く感じられない。が、些か様子は、おかしいのだけど。

「良かった。勝平くんなら安心だわ、小桃ちゃん」
「でも白百合さん、なんだか様子が変だけど……」
「え?」

 確かに、勝平は全身を硬直させたように動かなかった。美海が心配した面持ちで勝平に駆け寄ろうとすると、弾かれたように勝平は手を振るう。

「バカ、お前こっちに来るな!」
「え!? どうしてそんなこと言うの!?」

 茹で蛸のように真っ赤に染まる勝平の顔を見て、ああ、と小桃は思わず呆れた。呆れて言葉も出なかった。

「どうしてって、お前……ヤバイだろ、その格好」
「え???」

 はっと思い立ったように美海も、自分がワイシャツ一枚であることを思い出し、一瞬で顔を染め上げる。赤面して否定しながらも勝平の視線が、ワイシャツから透けた豊かな谷間や下着の覗く太股に釘付けになっているのはもう、男のサガなのかも知れない。
 顔を隠しながら今来た廊下を逃げるように去る美海と、赤面しながらその唇を手で覆い立ち尽くしている勝平を見比べる。――まさかこんな状況で、ギャグ漫画の一コマみたいな展開を見せ付けられるとは思わなかった。そして、なんだったんだろう、さっきまでの緊張感は……。

 相変わらず恥ずかしがるように小桃からも目を逸らしている勝平を、小桃は呆れながらジト目で見据えるのだった。





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