020.『その美しさまで(1)』
一番最後に分校を発った
彩音の傍らには支給された短機関銃――
当然だ、と思う。彩音は誰も信用する気などなかった。何故なら誰もが自分を信用してはくれないだろうと思うから、信用などできるわけがなかった。当然だ、と心の中で繰り返す。日頃の自分の行いが、悪すぎた。
小学生の頃の彩音は、人見知りであがり症で、あまり自分から人に声を掛けられない地味な少女であった。両親は、古い人であった。母が買ってきて彩音に着せる服は同世代の子たちに比べて、明らかに古い柄だったりデザインだったりしたし、同世代の子たちが絶対に使わないような言葉をうっかり話してしまったりして、恥ずかしい思いをしたことが何度もあった。笑われることが嫌で、悲しくて、あの頃は存在感を消すことに一生懸命で、授業中に先生に名指しされて泣いたこともあるし、出席を取られる時に声が上擦ってしまうことも、何度もあった。とにかく大人しかった、大人しい子供だった。彩音はそんな不自由な自分が嫌いだった。どれほど当時のクラスメイトを羨んだかわからない。
だから、身なりに無頓着で地味で臆病だった彩音は、クラスで賑やかにしているお洒落な女の子たちに人一倍の憧れをいつも抱いていたし、自分もあんな風に、恥ずかしいなど思わないで人に話し掛けてみたい、楽しい子だと思われてみたい、可愛い子だと思われてみたい、堂々としてみたいと願っていた。
宍銀学園に入学しないかと親に言われた時、彩音は自分を変えられるチャンスが巡って来たのだと思った。地元の中学校に入学する同級生たちのほとんどとは小学校を卒業すると同時に、二度と顔を合わせていない。小学生時代の彩音を知っているのは、同じく宍銀中に入学した一部の生徒だけだ。真新しい制服に身を包んだ時、自由になったのだと思った。あの時の喜びを、どう表現していいのか、わからないくらい。
けれど両親は変わらなかった。母が買ってきた私服は嫌いだ。制服の方がいい、みんなと同じだから。
入学して一ヶ月も経たない内に、一部の生徒は早速スカートの丈を指定の長さより短くカスタマイズし始めていた。それまでは小学生の頃と同じように大人しかった彩音も、思い切って丈を切り、手入れもせず伸ばしっぱなしだったボサボサの髪も、使い道もなく貯めていた小遣いでばっさり肩まで切ってストレートパーマをかけた。少しだけ母の化粧品をくすねて、メイクもしてみた。拙い手作業で施された顔は、今にして思えば可笑しくて変だったけれど、当時の彩音には見違えるように綺麗に見えた。別人になったのだと思った。魔法に掛かったように新しく生まれ変わった自分が、鏡に写っていた。それがどれほど彩音の自信に繋がったことだろう。
自信を持つと言うのはそれだけで外見にも影響を及ぼすようで、そのまま学校へ行くと、あとは面白いくらいに上手く行った。すぐに声を掛けてくれたのは
――同じクラスにこんな可愛い子いたんだっけって、驚いちゃった。渡辺さん、見違えたねー。怒らないでね? 今まで存在感なかったから、本当は名前も今日覚えたばかりなの。入学したばかりだからって、大人しくしてたんでしょー、ヒナもそうだったの。これから仲良くしてね。あ、アヤって呼んでもいい?
宍銀中は三年間クラス替えがなかった。当時、すでに雛子とよく一緒にいた
もちろん、入学して急におめかしに目覚めた彩音に両親は快くは思わなかった。中学生に化粧はまだ早いだとか、そんなに短いスカートははしたないだとか、色々言われたけれど、もはや生まれ変わった彩音は聞く耳など持ち合わせておらず、友人の影響もあって、反発するようにどんどん素行は荒んで行った。小学生の頃に憧れていた人物像が、彩音と同化していく。お洒落で賑やかで、自由奔放。目立ってナンボだ。
初めは勇気も必要だったが、過剰なくらい人目に立つよう演出する内に、それが普通になってなにも感じなくなった。そうして退屈になると、今度は不満が口を吐くようになった。
なんとなく、自分がクラスメイトに好かれていないのは、最近になって気になるようにはなっていた。嫌だと思ったことを、腹立たしいと思ったことを、思ったように、気を遣わず口にする。そんな自分を、いったい誰が信用してくれると言うのだろう?
間違ってたのかな? 自由を手に入れて、浮かれていたのかな? いくら着飾っても虚勢を張っても、今、こんなにも恐ろしいのは、自分が臆病なままである証拠だ。別の自分を築いたようで、何一つ変わってなかったんじゃないか。だって、昔と同じように自分は人に好かれていなくて、誰も信用できないのだから……。
けれど、そんな彩音にも一人だけ、会いたいと思う人がいるのだ。
足音が聞こえた。
反射的に彩音は投げ出していた機関銃を取り上げると、遊具の外の暗闇に向かって構える。構えるだけでなにもできず、ただ黒く重たいそれが、手の中で大きく震えている。カタカタと、音が鳴る。
お願い、こっちに来ないで、気付かないで……。
足下に転がる懐中電灯が、彩音の影を写していた。――しまったと思った時にはもう遅く、微かに漏れる光を見つけた足音がどんどん彩音に近付いて来る。
ああ、――なんてことだろう。まだ死にたくない。けれど足音の主は自分を殺そうとするだろう。昇降口を出たところに転がっていた
「――あっ」
がちがちと揺れるスコーピオンの先に、一人の男子生徒が姿を現した。それは彩音が、唯一会いたいと願っていた人だ。
「彩音?」
「昴……!」
聞き慣れた声で聞き慣れない名前を呼んだのは、