015.『出発(2)』


 廊下の至るところでは兵士が見張りをしていた。空太は居たたまれないような気持ちを抑えながら一階に降りる。一階に待機している兵士がいないのに少し安堵しながら、空太は下駄箱を通り昇降口にやってくる。すぐさま息を飲んだ。ガラスの扉の向こうに人が倒れている。顔は確認できないが、服装と体格からして男子生徒なのは間違いなかった。
 空太はすぐにでも腰を抜かしてしまいそうなのを堪えながら、扉を開けようとする。すると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。飛び上がる心臓を抑えて音の発信源を見やると、一つ前に出て行った間宮果帆が空太を手招きしていた。
 恐る恐る扉を開け、手前に倒れる男子生徒を踏まないよう注意する。顔が見えた。桧山洋佑(男子十四番)だ。一見大人しそうに見えるが話せば意外と愉快で、空太はアニメを見ないからその手の話はわからなかったけれど、結構明るい生徒だった。
 遺体の首には、矢のような物が刺さっていた。洋佑の遺体の脇を通り、果帆に駆け寄る。空太は胸を抑えながら、少しだけ笑んだ。

「間宮、待っててくれたんだ」
「別に。あんたがあたしの後ろだったから、まあ、うん」

 ぶっきらぼうに言う果帆に、こんな状況にも拘わらず空太はほうっと安堵する。相変わらず素直じゃない。普段とあまり変わらない果帆に心底安心しながら、果帆に促されて歩き始める。ほとんど駆け足で進む果帆に着いて行きながら、空太は訊ねた。

「なあ、白百合は?」
「いない。こんな状況じゃ、待てなかったんだ」

 果帆が悲痛な面持ちで答えるのを疑問に思う間もなく、空太の眼前にも、その惨状が映し出される。

「うそだろ……」

 始めに目に入ったのは、香草塔子(女子四番)だった。続いて、空太と同じグループに所属する、金見雄大(男子四番)。その二人が、全身を血塗れにして倒れていた。
 友人の死に立ち尽くしてしまいそうになる空太の腕を、果帆が強引に引っ張る。少しよろけながら、引かれるままに後を着く。

「本当はあたしも、由絵やサキを待っていようと思ったんだ。でも、ここは危険すぎる」

 果帆が悔しそうに呟いて唇を噛み締めるのを、空太もまた、同じ気持ちで見つめた。――教室で、疑心暗鬼にはなってたまるかと誓ったじゃないか。クラスメイト同士で殺し合いなどするはずがないと、信じたじゃないか。
 けれど、今目にした状景は空太を嘲笑うように、瞳の奥にこびり付いて消えない。誰が? 誰が、あの三人を? 政府の連中じゃないのか? ああ、でも、外に待機している兵士は、一人もいないじゃないか。

 絞り出すような低い声で、果帆が呟くのが聞こえた。



「もう、殺し合いは始まってんだ……」





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