046.『ただ普通でいたかった(1)』


 関根春生(男子七番)は困っていた。

「『んああああ苛々するぜェ? その綺麗事が最高に苛つくぜェ? てめえらは正真正銘大馬鹿者かァァァ? 死亡者は八木沼由絵、ただの一人きりである! この役立たず共が! 心して殺し合えと何度言ったらわかるんだよこの恥曝し共めが! あぁあぁあぁ情けねえ、お前らの不甲斐なさには心の底から失望したぜェ? その未練たっぷりの現実逃避がなんの解決にもならねえことがわかんねえのかよォあぁあぁあぁ情けない情けない情けない、がっかり愕然呆然唖然全然駄目だぜえええ? 妾はお主らの命運を握っておるのだぞ、妾がその気になればてめえら全員のそのお飾りをぶっ飛ばすことも可能なのだぞォ??? わかっておるのかこのクソガキ共! とっとと殺せよてめえ以外は全員敵なんだよ現実見ろよヴァーーーカ!!』」

 島中に担当教官を名乗るベアトリーチェの金切り声が響き渡る。どうやら昨晩から大して死亡者が出ていないことが不満らしく、早口でまくし立てる暴言が、春生が身を潜めている洞窟内で木霊し、大変に迷惑であった。せっかく状況にも少しだけ慣れてきて、ようやく徹夜の頭を休めていたのに、心の底から落胆する。ベアトリーチェはその後も執拗にネチネチと暴言を喚き散らし、もっとも重要な禁止エリアまでも早口にまくし立てると、乱暴に放送を打ち切った。春生は焦りながら頭に記憶した禁止エリアを地図に書き留めていく。
 はあ、と深い溜息を吐いて春生はデイパックからミネラルウォーターを取り出す。喉を潤しながらデイパックを探って、三本あったはずのペットボトルがすでに一本だけになっているのを知った。今し方口を付けていたペットボトルも殻になってしまった。深い絶望感。春生は再び深く深く溜息を吐く。これでも大切に飲んでるつもりだったのに。三日分の食料も朝の内に全て食べ尽くしてしまった。それでも全然足りなかったのに。
 元々大食いで名を馳せる春生にとっては、殺し合いと同じくらいに空腹は耐え難いことであった。食べることがなによりも好きだ。自分は食欲は旺盛だけれど、貪欲な人間かと言ったらそうではないと思う。ただ普通に大人になって、普通に働いて、毎日お腹いっぱいに食べれればそれで十分だった。
 ぐうううと、腹の虫が情けない音を上げて春生は洞窟を寝そべったまま天を仰いだ。今まで、争いとは無縁の世界で生きてきたし、例え馬鹿にされても自ら身を引いて、避けて通ってきた。ずっとそうして来たし、それでいいと思っていた。昨日までの友人と殺し合いをすることに何の意味があるのだろう。殺し合いの果てになにが残るのだろう。
 ぐうぐうととなる腹をさすりながら春生は思った。ああ、別に死んでもいいから、最後に腹いっぱいに大好物の肉が食べたいな。この島に肉はあるだろうか。人肉ならいっぱいあるけど、さすがに非人道的なことは出来ないし、争うのはやっぱり嫌だし、そもそも友人を食べるとか食欲がそそるわけもないし、とにかく肉は食べれそうにないな、と考えてまた溜息が零れるのだった。

「あぁあ、俺もう肉が食えたら死んでもいいのになあ……」

 思わず一人呟いた声が洞窟に反響した。瞼を瞑ると洞窟内を照らすスタンドライトの灯りが遮られて、真っ暗になる。そして、視界を断絶したことによって研ぎ澄まされた聴覚が、警告音を鳴らした。――足音が聞こえる。春生は身を起こすと、洞窟の入り口付近を見据えた。春生はほっぽり出しておいた支給武器の白旗を手に掲げ、それを振り回す。

「だ、誰かなあ? これ見える? 降参降参! 戦う気なんかないよ!」

 足音が止まった。――間違いなくいる、そこに。白旗を振り回しながら、スタンドライトでそちらを照らすと、ジャージのロゴマークが浮かび上がった。小柄な身体に沿ってライトを照らして行き、春生はその特徴的な短めのポニーテールに目を張った。

「榎本さん?」



「聞こえたの、死んでもいいのになって声が。ねえ、本当にそう思う?」



 榎本留姫の右手には、トカレフTT−33が握り締められていた。





【残り:34名】

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