089.『知っていますか、お星様(4)』


 恐れ入った。晶によると昨晩、夏季と共に診療所に立ち寄り、縫合用の手術キットを何種かくすねて来たらしいのだ。針と糸ならあると言って、果帆が民家で調達した裁縫セットを空太が見せると「手芸用じゃねえか!」と逆に怒らせてしまう始末。裁縫と縫合ではまったく異なるとのことで、確かに、針にしても糸にしてもそもそもの形状がまるっきり違うようだった。男前な果帆があれ以上に度胸が据わっていなくて良かった、裁縫セットで縫合なぞした場合感染症等のリスクが格段に上がるとのことだ。膿んだり腫れたり爛れたり最悪壊死したり、本当に勢いだけで施術しなくて良かった。膿が皮膚の中で爆発する話など聞きたくない。
 晶の診察ではあるが(ど素人のはずなのだが)、案の定、静脈が切れていたようだ。傷の割に神経にまで達していなかったのは幸いだった。彼によれば危ないのは動脈の方で、静脈で死に至ることはまずないだろうと言う。とは言え、空太には動脈だの静脈だの毛細血管など言われてもほとんどちんぷんかんぷんであった。ただ太い血管が切れたことには違いないので、現在は血が止まっていても血流が良くなれば再び出血するだろうから、縫った方が良い、とのこと。ただし、麻酔無しである。縫合処置はれっきとした医療行為であるため、中学三年生のど素人が安易に施術するのは危険過ぎる行為ではあるが、プログラムと言う状況下ではそうも言っていられないこと、なにより晶に絶対の自信があるとのことで説得を受けた果帆は、最終的に渋々と頷くのだった。
 とりあえず果帆の心の準備が整うのを待つことにし(やはり縫うのは恐ろしいらしい、当然だ、聞くところによれば相当痛い)、一同は一通りの情報交換を行うことになった。
 まずは、道明寺晶と新垣夏季だ。至急武器は二人とも拳銃だった。晶がブレン・テンと呼ばれる自動拳銃で、果帆によるととっくの昔に生産中止になっている超レア物らしい(昨晩も実は思ったことだが、果帆は何故そんなことを知ってるんだ、ガンマニアなのか。しかもこれ、米帝の製品らしい、あの敵国の)。夏季はと言うと、こちらもグロック19と呼ばれる自動拳銃で、主に軍隊や警察などで使用される正統派な拳銃だ(こちらは欧州の、とある大陸と名称が似ててややこしいあの国の製品らしい。ちなみに大東亜共和国は、欧州諸国も一部を省いて仮想敵国に指定している。欧州連合との軍事的衝突は将来的に避けられないだろう、とのこと。特に大英とは大戦前及び鎖国前は同盟国だったのだが、現在の関係は彼らが常に米帝寄りなこともあり最悪だ)。
 さて、その二人だが、出発と同時に分校で落ち合い仲間を集めるために隠れ潜んでいるつもりだったが、錯乱した野上雛子(女子十二番)の襲撃により、乃木坂朔也(男子十三番)との合流を逃してしまう。空太の読み通り、分校で殺害されていた桧山洋祐(男子十四番)は、その一連を聞くと雛子の犯行と見て間違いないようだった。とは言え、その野上雛子はすでにこの世を去ってしまった。もはや、脅威ではない。彼女の死の直前、空太と果帆は高津政秀(男子八番)との争い声を聞いているのだ。様子を伺っている内に現れた榎本留姫によって二人は殺害されてしまったが、あの金切り声を聞く限り雛子も、そして政秀ももはや正常な思考が働いているとはとても思えなかった。
 後に晶と夏季は分校の付近で朔也を捜索するも、恐らくは互いに行き違い、そうしている内に空太や果帆と言った面々も逃してしまったのだと言う。三十分そこそこの制限時間の中では難しかっただろう。気付けば禁止エリアとなる時刻が迫り、やむなくその場を離れた。深夜は診療所で過ごし、日の出前に住宅地にて必要品を調達した(テーブルに置いてあるあれのことだろう)。圭吾と冬司に出会ったのは、朝方まで空太たちのいた神社の付近だったと言う。少し時間が違えばもっと早くに出会えたかも知れなかったのだ。
 竜崎圭吾と小田切冬司の二人は、昨晩はそれぞれ別の場所で過ごしていたと言う。冬司は森林地帯で野宿し、圭吾はG−3の寂れた山小屋で夜を明かした。圭吾の至急武器は野球部の彼に似付かわしくも(皮肉ではない)金属バットだった。出会えたのは冬司がレーダーの指す点を頼りに小屋へ辿り着いたためだ。こちらも早朝の出来事だった。驚いたことに、小屋の付近にはもう一点の反応があった。すぐにその正体が、あの長身の、厳ついのにかったるそうな雰囲気の萠川聖(女子十八番)であることは確認出来たが、二人は彼女には声を掛けなかった。

「あいつはさすがに怖いよ。銃持ってたし」
「萠川さんは一人きりだったけど、もしも銃で攻撃されたら、俺たち塞ぎようもないよなって意見が合って」

 頷いたのは果帆だった。

「女のあたしでも、萠川には声を掛けなかったと思う。萠川はなんか、野上や渡辺にも、常に何重にも線を引いてる感じがした。普段から信用しちゃいないんだ、仲間なんて」
「萠川ねえ……その萠川も、美海とは仲良かったみたいだけど」

 新しい煙草を吹き出しつつ、天井へと揺らめく煙の先をぼんやりと見つめながらあっけらかんと晶が言う。空太たちにはよくわからなかったが、同じテリトリーで長い時を共有した果帆だからこそ、口軽な言いぶりのその真意が伺えるのだろう。

「美海が特別なんだよ、あたしは信用出来ない」

 果帆はあやふやな顔で、ぶっきらぼうに嘯いた。確かにね、とニヒルに口角を歪め、晶はテーブルに無造作に散乱していた生徒名簿を指に取った。

「整理しよう。お前ら、誰なら歓迎する?」





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