032.『彼らを殺したのは(4)』


 先程美海が身体を清めていた台所で、勝平は煙草に火を点ける。銘柄はマルボロ・メンソール・ライト。未だ準鎖国体制の大東亜共和国でも何故か比較的簡単に入手出来る、数少ないアメリカの製品だ。もちろん、製造は共和国内で行われているが。

「どうした?」
「うん……煙草、ちょうだい?」

 にっこり笑う美海に一本手渡すと、唇に咥えるそれにジッポライターで点火してやる。美海は不慣れな動作で吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。

「……まずいです」
「バーカ、慣れないくせに無理すんな」
「えへへ。……勝平くん、あのね、小桃ちゃんのことなんだけど」

 ああ、と勝平は頷いた。美海のことだ、なんとなくそんな気はしていた。先程は勝平も無神経なことを言ってしまったと、後になって反省したのだ。

「悪かったよ。七瀬と香草が立て続けに死んだんだもんな、意気消沈だろうと思うよ。俺だって由絵やお前らが死んだら、落ち込むと思うし」
「それもそうだけど。さっきの話し」

 勝平は小首を傾げる。イマイチ美海の言いたいことが予想出来ない。美海はもう一度煙を吐き出してから続けた。

「勝平くんは、誰だと思うの?」
「金見と香草のことか? さあ、秋尾じゃねえのは確かだな」

 勝平が男子内では一番親しくしている秋尾俶伸が、すでにこの世を去っていることはまだ誰も知らない。ちなみに、金見雄大と香草塔子よりも後に桧山洋祐が分校で殺害されたことも、二人は知らない。

「お前だって直斗は絶対に有り得ないと思うだろ?」
「そうね。ついでに言えば、小田切くんも有り得ないと思うわ」
「あいつはいい奴だ。俺もそう思うぜ」

 途端に、美海が儚げに微笑を浮かべる。勝平は一瞬どきりとして目を張った。恋心を抱いたことはなくとも、学年一とも唱われる美少女のこんな微笑になにも思わないわけではない。先程は心から驚いたものだ、ラッキーでもあったが。

「なんだよ、どうした?」
「ううん。ただね、ごめんなさい……如月くんを疑っている内は楽だったの。あまり繋がりのない人だから、簡単に疑いやすいでしょ? 良心の呵責も、あまり疼くことなく。でもね、あたしは、安心しちゃったの。如月くんのこと、好きだもの」

 それは日頃、美海と親しくしている恋人の由絵が勝平に話して来たことがあったので知っていた。もっとも由絵自身は憶測で言っていたに過ぎないので、確証はこれまでなかった。入学当初から異性の注目の的だった美海は一向に浮いた話を撒き散らさなかったので、勝平も少しは気になっていたのだ。

「如月のこと、好きだったのか。当然だと思うぜ? 誰だって好きな奴のこと、疑いたくなんかないだろ」
「あたし、逃げちゃったけどね」
「お前のことだ、佐倉がいたからだろ? でも少し意外だったぜ、お前らが二人でいるの」
「そう? 前から仲良かったのよ、あたしたち」
「お前にかかれば、誰でも仲良くなるだろ」
「あら、それって褒め言葉? 嬉しいな、勝平くん」

 勝平には由絵と言う彼女がいるが、美海のこう言うところを可愛いと思う。素直に感情を口にするところだとか、気さくに自分の名前を呼んでくるところだとか、とろとろした話し方だとか。そこにいるだけで十分に可愛らしいのに、飾らない雰囲気がすごく居心地良いのだ、白百合美海と言う女は。
 美海の言葉に勝平は軽く笑うと、すっかり短くなった煙草をもみ消す。すぐに別の煙草を咥えて美海を見ると、あまり吸っていないらしくまだ半分ほど残っていた。

「それで? それが佐倉とどう関係があるんだ?」
「……あの子、これまで一度も、委員長の名前を口にしていないの」
「……どういうことだ?」

 委員長、とは泉沢千恵梨のことだろう。美海は首を振るうと、思い出したように煙草を吸い込んだ。

「これだって憶測よ。あの子、委員長のこと、どこかで疑ってたんじゃないかしら。委員長は出発から四番手だったんだもの、待ってることも可能だったはずだわ。でも、香草さんが殺されていた。裏切られたって、思ってるのかも知れない」

「つまり、なんだ」
 勝平は美海の短くなった煙草を取り上げて、もみ消してやる。
「裏切られた気になってる佐倉に、泉沢も犯人の候補の一人だって、思わせたくなかったってことか? だから、如月を疑ってる方が楽だった」
「……そうね、悲しいけれど」

 勝平は頭を抱えた。まったくこの女は──こんな状況だと言うのに相も変わらず他人のことばかり気に掛けてやがる。例えそうだとしても、美海が自分の恋心を押し殺す理由などなにもないと言うのに。

「考え過ぎじゃねえか? お前はもっと自分のことも考えろ」
「あたしはいいのよ。なにもしてあげられないし、勝平くんにも小桃ちゃんにも」
「そんなことないだろ。お前は十分よくやってるよ。――でもまあ、俺に言えることがあるとすれば」

 一度言葉を区切り一呼吸置くと、美海があるとすれば?、と急かしてくる。勝平は意を決したように続けた。

「お前がそう思うなら、佐倉と泉沢を会わせるなよ。だいたいな、前から思ってたんだ、泉沢みたいな女、俺はイケすかないね。優等生で、委員長で、クラスのボスみたいな面しやがって。あーゆー女はな、どっかで裏の顔みたいなの持ってんだ」

「勝平くん、言い過ぎじゃない?」

 窘めるように美海が声を上げるが、勝平は構わず続ける。

「どこが。不良なんて呼ばれてる俺からしたら、泉沢なんてウマが合わねえんだよ、あんなのただの点取り虫だろ、何事にもな。……その点筒井は優秀だったな、同じクラス委員とは思えないくらい」

 教室で真っ先に殺された筒井惣子朗を思い出す。惣子朗もどちらかと言えば優等生の部類だったが、視野が広くて柔軟な考え方の出来る奴だった。少し心配症過ぎる気があって、敢えて言えば勝平はそこが苦手だったが、それを言ったら今隣にいる美海も似たようなものだろう。

「筒井くんは、すごい男の子だったね」
「だな。……なにもさ、死ぬまで反対することなかったのにな、あいつもお前と同じタイプのバカだ」

 最後は愚痴のようになってしまったが、幾分美海が晴れやかな顔をしていたので勝平はほっと安堵した。恐らく、小桃の前であのまま話が進行するのを危惧していたのだろうと思う。無神経な自分のことだから、確かにポロッと千恵梨の悪口も言ってしまい兼ねなかったのだから。
 戻ろうか、と美海が言うので勝平は頷いて煙草を揉み消す。その様子を見ながら、美海が不意に疑問を口にした。

「ところで勝平くん、こんな時間にどうして行動していたの? 危なかったんじゃない?」
「ああ、俺が隠れてた場所が一時に禁止エリアになったんだ。それから一夜過ごせる場所を探してたんだが、中々見付からなくてさ。ようやく見付けた場所なんだぜ、ここ」
「そっか、それなら疲れてるわよね。布団もう一枚敷くから、戻ったら休んでね」





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