034.『だからなに?(2)』


「別に、こんな時間に探さなくてもいいだろ? 少しくらい、一緒にいてくれよ、頼むよ」

 じりじりとした感覚が、強く捕まれた腕から指先に広がろうとしている。鷹之も後には引けない気分なのだろうか。拒絶気味の由絵の態度が何故なのかわからない様子の鷹之だが、襲い掛かってくる風ではないので、由絵はほうっと溜め息を吐いた。

「ごめんね、それはできないよ。他の男の子といたら、勝平に怒られちゃうもん」

 当然ただの言い訳であった。勝平はあまり束縛するタイプではないし、むしろそうやって由絵の交友を狭めることの方を気にしていた。仲良しの白百合美海や間宮果帆などの面々と以前ほど一緒にいなくなったことも何度か平気なのかと訊ねられたが、由絵の方が勝平にべったりだったし、美海たちも気を悪くしてる風ではなかったので、いつの間にかクラス中に知れ渡ることになったのだ。
 他の当てを探してね、ともう一度愛想笑いを浮かべて、駄目押しのように再度腕を引く。だがやはり、鷹之は離す気はないらしい。

「譲原くん、いい加減腕、痛いよ、本当」
「ごめん。でも、離すから、逃げるなよ」

 さすがに由絵が逃げようとしているのはわかっているらしい。由絵は溜め息を吐いて頷いた。今度はやや露骨に大きくなってしまったようだ。鷹之の傷付いたような表情が目に付いて、由絵は少し居たたまれなかった。

「わかった。でも、少しだけ」
「うん、少しでいい、ありがとう」

 お礼を言うとは、どういうことなんだろう。ようやく解放された二の腕をさすりながら、罰が悪そうにして助手席の方にいる鷹之を横目に見る。少しの辛抱だ、少しの。なにかしようとしたら、すぐにでもこれをお見舞いする。由絵は肩に掛けられたらデイパックから、支給武器の催涙スプレーを取り出して、鷹之から見えない角度で右手に握り締めた。
 由絵の行動を訝しんだ鷹之が、すぐさまそこを突いてくる。

「それ、なんだよ?」
「んー? なんでもないよー?」
「……八木沼の武器か?」
「……そうだけど、別に武器なんて呼べる代物じゃないよー、人殺せないし」

 猛毒の類が放射されるわけではないので当然である。――と、ここで由絵は、ちらちらと忙しなく動く視線に気が付いた。そう言えば何度も身を捻ったりと、そわそわして落ち着かない。先ほどはあれほどめげていたと言うのに、なんだろう?
 由絵は横目に鷹之を見やりながら、視線の先を探る。由絵の座る運転席の方だ、ハンドルではない、それよりいくらか下の方――短いスカートから伸びた自分の太股が目に移る。途端にぞっとなって、由絵はデイパックを膝の上に移動させた。まさか、脚を見ていた?

「八木沼の武器、人殺せないんだ?」
「……うん。……たぶん」
「そっか。俺はさ、ナイフだったんだよ、なんか、短剣ってゆーの? ゲームとかに出てくるみたいなさ、本格的なやつ。なんか、骨に当たっても頑丈みたいな、すごい切れ味らしくてさ」

 そう言って鷹之が取り出したのは、刃の長さが二十センチもあろうかと言うコンバットナイフであった。由絵はちらりとそれを見やって、込み上がる嫌な予感にスプレーを握る手に力を入れる。いっそもう、お見舞いして逃げてしまおうかと思った。

「そうなんだー、すごいねー」
「俺のは危ないよな、これは人殺せるし」
「……そうだね」
「八木沼、お前さ」

 鷹之がコンバットナイフを右手に掲げながら続けた。

「さっき、逃げようとしたじゃん? なんで?」

「だから、彼氏いるから」
「そうじゃないだろ?」

 もうダメだ――由絵は握り締めた催涙スプレーを鷹之の眼をめがけて吹きかけた。





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