086.『知っていますか、お星様(1)』


 ざわざわと木枯らしがざわめく。懐中電灯のささやかな灯火だけを頼りに、本堂空太と間宮果帆は、鬱蒼とした森に立ち並ぶ不気味なシルエットに、確かめるように触れながら歩き進んでいた。暗闇独特の、あの目の前で光がチカチカと蠢く様が、鬱陶しい。昼間はそうでもなかったのに、風が強くなって来た。空太たちの頭上で、さめざめと木の葉が舞い踊っているのだ。吹き乱れる風は立木に阻まれて、空太たちをそれほど扇ぎはしなかったが、それでも手足を突き刺すように凍てつかせる。
 夜に行動しようとしたのは、失敗だったかも知れない。そんな考えが脳裏を過ぎったが、さすれば今日と言う一日が無意識なものに成り果てるので、虚しくなる。歩きにくいことも、見えづらいことも、厳しい寒さも、全ては承知だったのだから。
 そう言えば、身近に潜んでいるクラスメイトがいると仮定して、自分たちはどのように映るのだろうか。暗闇を懐中電灯の光を頼りに、言葉少なに徘徊する男女。こちらは二人だが、見ず知らずの土地で生死を賭けた戦いの最中、限界まで神経を尖らせているだろう彼らは、自分たちをクラスメイト≠ニして認識してくれるのだろうか。得体の知れない魔物かなにかと勘違いはしないだろうか。だがそれは、そうしてファンタジックな概念が沸々と胸を浮遊する時点で、恐らく空太自身の心情の裏返しでもあるのだ。彼らを、クラスメイトとして、識別することが出来るのか――。

 不意に果帆の背中が気になった。先を行く果帆の、線の細い怒り肩が闇で、朧気に浮かび上がっていた。やけに、希薄な存在に見えて、途端に恐ろしくなった。
 撫でるように纏わりつく雑草の蔓が、長く長く伸びて、果帆の身体を絡め取るかのように巻き付く。果帆は気付いていない。果てしない闇が、覆い尽くすように果帆を呑み込もうと大口を開けた。



 空太は慌てて果帆の腕を取った。

「なんだよ?」

 僅かに目を丸くしながら、不思議そうに小首を傾げ果帆が空太を斜めに見上げる。空太は生唾を飲んで、食い入るように果帆の存在を確かめてから、そっと腕を解放した。

「いや……」
 安堵の溜息が唇の隙間を通り抜ける。
「なんでもないよ」

 果帆が、消えてしまう気がした。――そんなこと言えない。

 訝しげに眉を潜めた果帆が、変なやつ、と呟いて、空太の肩に手を延ばした。仄かな微笑を浮かべながら、力いっぱいに肩を押される。元気付けてくれたのだとわかって、すとんと底知れぬ恐怖が和らいで行った。空太も少し、笑みを返す。

「森が終わる」

 果帆が懐中電灯を照らしながら、その先を指し示した。雑草が開けた土の向こうに、コンクリートの地面が灯火を受け止めている。六時の臨時放送にて地図を広げた際に確認したのだが、空太たちの進路の先には広々とした公園が待ち構えているはずだったのだ。球場や、テニスコート、キャンプ場やロッジハウスまで設備された、恐らく島民唯一の、憩いのスポット。そんな場なのだから、空太たちのクラスメイトにとっても比較的集まり易い場所に違いない。――着いたのだ、ようやく。
 電気系統が全滅しているためコンクリートの端に沿って完備された蛍光灯は、当然ながら点いてはいなかったが、木枯らしの天井に覆われていた森に比べれば、月明かりでよく見えた。風に流されて雲一つない満天空に、オリオン座が瞬いている。
 公園へ足を踏み出した空太は、空を仰ぐ果帆の真横に並ぶ。

 昔、父方の祖母が亡くなったときのこと。おばあちゃん子だった幼い空太が、悲しみに打ち振るえているときのこと。慈しむように空太の髪を撫でて、母が囁いた。――おばあちゃんはね、お星様になったのよ。空太、綺麗でしょう?
 先ほどの六時の放送で、七名もの友人の死が読み上げられた。その中には、探していた千景勝平もいた。開始からまだ丸一日と経っていないこの戦場で、十七名のクラスメイトがすでに、散ってしまったのだ。恐ろしかっただろう、苦しかっただろう、無念だったろう。なのに――星になんか、なれるわけないよな、母さん。

 果帆が、真っ直ぐな瞳で、空太を見上げた。

「行こう」





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