092.『あの温度で無限の呼吸がしたかった(1)』


 決して口に出したことはないけれど、永遠にあの日に戻れたらと、いつだって願っていた。息をするのと同じように自然と蘇る憂いは、まるでじわじわと染みていって吐露するかのように、過去を思い返して思い出に浸る。なんて、図々しくて悪い、ひどく馬鹿みたいな頭の中だ。

 いつだって自分はあの日の真っ青な薔薇の蔓に足を掬われたままで、この世に産み落とされた瞬間から使命のように汚染された肉体の隅から隅まで、トゲトゲの蔓で雁字搦めに縛られたって、もうなにも感じやしないし前にも進めないのだ。痛みもわからない、平衡感覚さえもわからない、あの人の顔もわからない。

 優しさなんてものは自分に限ってはもはや自己満足でしかなく、罪のない人を傷付けては懺悔し、なのに狂った感覚の中では学んでいくことだってもはや出来ないのだ。わかっているのだ。地に足を着けて生きると言うことが、どう言うことか。けれど当に人としての資格さえ失った自分はそれだけじゃいられないのだ。どろどろに自分を塗りたくった演技だってあの人のためなら何度だって、何度だって、自分の失態によって傷付いた誰かに殺される覚悟だってあるのだ。



 オリオン座の彼方にあの人のニヒルな笑顔が浮かんだ。いつでもそばにあった微笑み、全てを赦されてしまいそうな、夜空に溶けて消えて行くような。

 もう泣かないで、苦しまないで。ごめんなさい、答えてあげられなくて、ごめんなさい。



 なのにあの日に知ったあなたの温もりに縋り付きたくて、世界が破綻してなにもかもが消えて無くしても、あの瞬間だけは、永遠であってほしかった私を、赦さないで。チョコレートのようにどろどろに甘やかされて溶けて行ってそのまま死にたかった、死んでしまえたら幸せだった私は、私は。





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