049.『守ってやれよ(2)』


 屋外に設置された縁台に腰掛け、勝平と結翔はそれぞれに自分の煙草を咥えた。結翔が咥えているのはセブンスターと呼ばれるタールの高い煙草だ。幽霊部員とは言え仮にも運動部所属の人間が、そんなんでいいのだろうか、と勝平は少し苦笑する。
 結翔が眉間に皺を寄せながらゆっくりと煙を吹き出す様と言ったら、童顔で色白の彼には似合わないと言うのに妙にこなれた感があるが、背伸びした感じも抜けきれないなと、同い年でありながら勝平は冷静に結翔を分析して、こんなときにくだらないことを考える自分を卑下した。こんなことでも考えてないと、押しつぶれてしまいそうなのだ。

「良かったじゃないか、白百合に会えてさ」

 結翔が眉を持ち上げて、驚いたように勝平を見やった。

「お前、もしかして知ってんの?」
「お前が白百合に惚れてるって?」
「おいおい、やめろよ、なんで知ってんだよ」
「いや、どう見てもっつーか、バレバレだろ」
「……マジ?」

 途端に拗ねた表情を浮かべる結翔は、ほんのりと頬を染めていた。日頃から中々に露骨な振る舞いを見せていたから、自分以外も気付いているだろうなと勝平は目を細める。結翔は直情的と言うか、単純で素直な人間だ。目まぐるしくころころ変わる表情が面白くて、教室でも何度か秘かに観察していたのだ。
 勝平は煙草を咥えながら天を仰いで、少し唇の端を吊り上げた。

「ま、いいんじゃねえか」
「なにが?」
「お前が白百合に惚れてんの知ってたからさ、任せても大丈夫かって思ったよ」

 訝しげに細められていた瞼が、今度は照れたように綻ぶのを見て、勝平はやっぱり見ていて飽きないやつだなと納得した。――この顔を見ていられるのも、今だけなのだろうし、最後になるだろうから。
 勝平は結翔の撫で肩に腕を掛けると、ぐっとこちらに引き寄せた。内緒話をするように声を潜めて、にやりと頬を上げる。

「守ってやれよ、あいつは嫌がるだろうけどな」
「はあ? 当たり前だろ、お前より頼られてやるって」

 おやおやと、今度は勝平が訝しげに眉を吊り上げるのだった。どうやら勝平に嫉妬しているらしい、まあ、それはそれで微笑ましくもあるのだが。

「バーカ。ところで、くれぐれも変な気は起こすなよ、ぶっ飛ばすからな」
「は??? そんなことしたら俺嫌われるじゃん」

 世の中にはそれがわからない馬鹿もいるから自分の恋人のような目に合う女もいるのだし、心配なのだが、この男に関しては大丈夫だろう。勝平は結翔の金髪を乱暴に撫で回して、肩に組んだ腕を解放した。
 火種の先から細い副流煙が空に漂っていた。それを追って再び空を仰いで、勝平はそこに、一足先に逝ってしまった愛しい恋人の姿を浮かべる。笑顔が好きだった。平べったい話し方や、甘えん坊で自分に全力でぶつかって来る素直なところも、やわらかな雰囲気も好きだった。この先、由絵が自分に依存しっぱなしになることを危惧したこともあったが、もう、そうして未来を想い馳せることも、叶わなくなってしまった。

 全部、この、クソふざけたゲームのせいだ。そして、由絵を奪った、あいつのせいだ。

 無意識の内に拳に力が入るのを感じた。勝平は天を仰ぎながら、死んでしまった恋人に語りかける。唯一美海のことが気掛かりだったが、こうして託す人物も見つかった。もう、なにに遠慮することもない。――由絵、約束、守れなかったらごめんな。でも、いいよな。俺の心残りがお前なんだとしたら、そこに行ってもいいよな。もちろん、簡単に死ぬつもりはない。けど、もしものときは、――由絵は、受け入れてくれるだろう? そうしたら、彼女の叶えてやれなかった願いをなんでも、何度でも聞いてやるのだ。うざったいくらいに甘やかして、抱いてやって、照れ臭くて言えなかった愛の台詞も、何度だって囁いてやるのだ。
 そのために、他に心残りを残さないために。

 譲原鷹之を、ぶっ殺す。





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