063.『一緒に死のうよ(1)』


 本堂空太と間宮果帆の二人が僅かな希望と決意を再確認する最中、同じ集落の一角、民家の庭では、絶望の淵に追い詰められる生徒がいた。

 がっくりと膝を付いてうなだれるのは、野上雛子(女子十二番)。傍らには乃木坂朔也を負傷させ、桧山洋祐(男子十四番)の命を奪ったボウガンが投げ出されている。よく見ると、雛子の額はぱっくりと割れ、そこから溢れ出した血液が鼻の筋を伝い、顎からぽたぽたと零れ落ちていた。
 うなだれる雛子の頭上の方に光る細長い銀色のものは、ゴルフクラブであった。グリップの先を握り締めているのは高津政秀(男子八番)。小馬鹿にするような、意地悪そうなにやりとした口元は、日頃政秀には定評のある笑い方だったが、今は完全に影を潜めていた。変わりに、眉間には険しい皺が集まり、笑みを無くしてすぼめた口元は、時折ひくっと緊張で痙攣していた。

「お前みたいなクズと一緒にいれるわけねえだろ!」

 その言葉に、呆然とうなだれていた雛子は弾かれたように、大粒の涙を溢れさせた。喉の奥がひっひっと支えるのを必死で、呼吸を整えようとしながら、縋り付くように政秀に手を伸ばす。しかしその手はゴルフクラブで無情にも跳ね返されてしまう。
 嗚咽しながら、ゆっくりと首を上げた雛子が見たものは、まるで視界に入れるのも汚らわしいと言うような、心からの軽蔑を含んだ眼差しで雛子を見下ろす政秀であった。胸の中、心臓の中心からその周辺まで、範囲を超えて暗く黒く広がる絶望感。やっと、信用出来る人に――好きな人に出会えたと思ったのに。

「なんでよ、なんでよ、高津……ヒナ、高津とエッチしてあげたじゃん」
「気持ち悪ぃことほざいてんじゃねえ」

 政秀が音を立てながら唾を吐くのを、雛子はびくっと身体を震わせて眺めていた。

「あん時ゃどうかしてただけだ、元々お前なんかに興味はねえよ、ブス、ヤリマン」



「ひどいよ……ヒナ、高津が好きだったからさせてあげたのに。高津が嫌ってたから、桧山も殺してあげたんじゃん」



 そう、これからおかしくなったんだ。
 元々は高津政秀も、敵意を丸出しと言うわけではなかった。若干おろおろしてはいたものの、口元にはいつもの厭らしい笑みを浮かべて、「おう、久しぶり」と呑気そうに言っていたのだ。雛子は安心と嬉しさから満面の笑みを浮かべて、政秀に駆け寄った。

 ――嬉しい! 会えると思ってなかった! でも高津には会いたいってヒナ思ってたよ、高津だけは信用出来るし、だって好きだもん、ね、一緒にいようね、ヒナね、高津のこと守ってあげるよ、ね、足手まといになんかならないよ、ね、これがあるから大丈夫! ピストルにも負けないもん! ヒナね、強いんだから! だってね、ね、聞いて、ヒナね、もう一人やっつけたんだよ! 桧山、あいつ、ヒナ、すごい怖い思いしてるのにさ、ぼけっと嫌らし目で見てるからさ、気持ち悪くて殺しちゃった! キモイあいつが悪いよね、高津もめちゃめちゃ嫌いだったし、嫌われるあいつがいけないよね、ね、ね、ね――

 政秀の握り締めた拳が、雛子の顎に直撃していた。驚いて腰を抜かした雛子に、更に一撃、今度はゴルフクラブが額を割った。驚きのあまり言葉も出ない雛子に向かって、政秀が汚い言葉の数々を吐き捨てて行く。そして、雛子はあまりのショックにうなだれた。
 そして、文頭の場面に繋がる。



「頼んだ覚えはない!」

 呼吸によって上下する肩が、徐々に激しさを増していた。

「桧山を殺してくれなんて、俺は頼んでねえ!」





【残り:31名】

PREV * NEXT



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -