069.『透明な罪にしなだれて(4)』


 凄まじい反動であった。しっかり両腕で支えていたデザートイーグルは、引き金を引いた途端その銃口が大きく飛び上がった。初心者でもわかるくらい見当違いの場所へ、明後日の方角へ逸れて、悔しさを思う間もなく空太は後ろへ反れる。立木の並ぶ足場の悪い雑草へ倒れ込んだ。
 腕の先、手首の辺りにぼわんと痺れたような余韻が残っている。そしてもちろん――銃口の先にいた人物、榎本留姫は、涼しい顔をしたままだった。撃たれたかも知れないと言う恐怖は、彼女にはないのだろうか? 愕然とデザートイーグルと、留姫とを見比べる空太に対して、嘲笑にも似たような、冷ややかな眼差しを送るのだ。

「すごいのね、その銃。当たれば一溜まりもないのでしょうね、当たれば≠フ話だけれど」

 小馬鹿にした物言いも、空太の頭にはほとんど入っては来なかった。――初めて、実銃を撃った。それも、人に、クラスメイトに向けて。
 もちろん、相手は友人たちを立て続けに殺害した、憎むべき人間であった。けれど迸る銃弾と共に爆発した空太の激情は、もはや役目を終えたかのように、急激に消失して行った。変わりに、頭の天辺から喉に掛けて、冷水を浴びたような、凍るような寒さを感じる。もしも、あの銃弾が彼女に当たっていたらと考えて――空太は思わずデザートイーグルを弾き落とす。なんて恐ろしい物を持っていたのだろうと、自分自身が信じられなかった。



「情けない人。」

 唖然と空太を見ていた果帆は、その声で我に返った。腕の下がり掛けていたレディスミスの先を、改めて留姫に定める。もちろん、留姫のトカレフは、真っ直ぐに果帆を睨んでいる。しかし留姫自身の視線の先にいるのは、今はあくまで空太であった。

「もう怖じ気づいてしまったの? 結局、あなたにとって友人なんて、その程度の存在だったんだわ」



「そこまでだ、榎本」

 がり、と下唇を噛みしめる空太を果帆が痛々しそうに見やったが、空太は気付かなかった。

「挑発するのはやめろ。あんたの相手はあたしだ……殺してやる」
「間宮……」

 この時空太は、自分でもよくわからない気持ちで、果帆を見上げた。相手が榎本留姫と言えど、果帆に殺人を侵させたくない焦慮と、果帆の手から銃弾が放たれるのを期待する、矛盾した感情だった。

「やれるものならどうぞ、でもね、勝つのは私よ」

 留姫の傲慢なしたり顔が瞬く。張り詰めた面持ちで、果帆がレディスミスの引き金に掛かった指に、力を込めようとするのを感じた。

「間宮!」

 ダメだ、間宮――いや、やれ、早く、ヤラレル前に――いや――殺しちゃダメだ、やっぱりダメだ! 空太は、未だ躊躇っている果帆のレディスミスに飛び掛かろうと腰を起こす。留姫が、心理を見抜いたような狡猾な笑みを浮かべて、その光景をおかしそうに眺めた後、言葉を続けた。

「私ね、プラスチック爆弾を持ってるの」

 制止の意を込めて果帆の手首を押さえ込んだ空太は、聞き慣れない単語に首を捻る。空太の行動に驚いていた果帆の方はと言うと、その単語に思い当たりがあるようで、更に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、留姫を凝視した。



「私を撃てば、あなたたちも一緒に死ぬ」





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