098.『太陽を壊した魔女(1)』


 さっきまでの木枯らしのさんざめきが嘘のように厳かな静寂が森を支配する。迷彩柄のデイパックに、闇夜に黒光りする二丁の拳銃。翻る赤いスカートと、グレーのズボン。ミリタリージャケットの袖に隠された左腕には、真っ白な包帯が痛々しく巻かれている。怪我を負った少女を気遣う少年と、少年を災厄から庇うように先へ身を置く少女。
 丸太が粗雑な感じに固定された階段の、急な斜面を登り終えた本堂空太と間宮果帆は、そのまま闇に溶け込むようにして道明寺晶たちの視界から去って行く。もしかしたら、これが今生の別れになるかも知れないと、誰もが胸に抱きながら二人の背中を見送っている。

「なんであの二人って、付き合ってないの?」

 急な階段を上がる際に果帆が自然な動作で空太に手を差し出し、空太もさも当然のように手を取るのを目撃し、疑問を声に出したのは小田切冬司だった。日頃から睦まじげな雰囲気だった二人だが、皮肉にもプログラムを通じて更に親密度が増した気がする。囃し立てれば間宮果帆の方がなんとなく怖いので、本人たちに対しては誰も口にしたりしないが、それなりに噂にもなっている仲だ。

「さあ、お互い恋愛に興味ないんじゃね?」

 頭皮の裏で腕を組みながら竜崎圭吾がロッジハウスまでの短い道なりに身体を翻しつつ答えると、冬司はどこか納得してなさそうな不思議な面影で後を着いて来る。
 二人の会話を小耳に入れた新垣夏季が、あっけらかんとした淡泊な口調で、興味なさげに嘯いた。

「妬くほど仲いいけどな」
「え? お前、妬くの?」

 どっち狙いよ、空太? 間宮? と身も蓋もない、訳の解せない質問を繰り広げる圭吾を、夏季が狐に摘ままれたような呆れ顔で煩雑そうに手で追い払う仕草をする。その様子を背後から眺めていた晶は、可笑しくて溜まらず吹き出した。――冗談でも男に興味があると思われちゃ心外だろうが、まあ、和やかでなにより。
 分校で落ち合った時は動揺しっぱなしの夏季の様子に、行き先が俄かに不安になったのは事実だが、圭吾や冬司と出会えて劇的に安泰した気がするのだ。自分一人では夏季もこうはならなかっただろう。基本的に気取り屋で大人ぶっている晶よりも、日頃から賑やかで和やかな圭吾や冬司の方が居心地も良いに違いない。それに、それは晶も同じだったかも知れない。夏季と二人きりの時は、自分よりも明らかにあらゆる面で弱そうな夏季を庇わなければならないと言う、ある種のプレッシャーも感じていたし、嫌に余裕もなかったのだが、二人と巡り会ったことで心持ち楽になったのだ。多勢に無勢とはよく言ったもので、最悪の場合を想定しても、二人よりは四人、四人より六人の方が心強いのは間違いない。
 まあ、空太と果帆とはこれをもって別行動となってしまったが、それでも、また出会えると信じたい。一応、明日の昼、十二時にここで落ち合うことにはなっていた。ただし、禁止エリアの問題があるので一筋縄ではいかないのだが――。
 他の三人に遅れてロッジハウスのリビングに戻った晶は、中世の北欧の暮らしを彷彿させる、古ぼけた感じの木こりのダイニングテーブルに投げ出されている悪食島≠フ地図を指に絡め取る。現時点での禁止エリアは、B−4、C−7、D−6、E−9、F−2、F−8、G−5、G−10、I−10、J−6、K−10で、計十一ヶ所。先ほどの午後九時の時点でF−7が新たに指定された。午後十一時になれば、次はK−7がエリア指定されることが決まっている。二時間置きに追加される禁止エリアは、まだ一日ほどしか経過していないのに、生徒たちにとってはすでに不自由なほど塗り潰されていた。ざっと計算しても、明日の待ち合わせの時点で更に六ヶ所追加されることになる。
 ここが潰れた場合を想定して、待ち合わせ場所を別の場に設けるなどの対策はとっていた。そこも運悪く禁止エリアに指定される可能性も考慮して、五ヶ所ほど――優先順位に並べると、まずはG−2の旅館。続いてG−3の圭吾と冬司が再会したと言う小屋。その二つが潰れていたらD−2の海の家。それでも駄目ならC−5の診療所と、D−8の農家だ。これほど明細に計画を立てたのだから擦れ違う恐れは減ったが、難点もある。まず、先客がいた場合。目印代わりに建物を集合地としたが、屋根がある場所を好むのは多分誰もが同じだろう。つまり、部外者≠ニの遭遇率も高いと言うことだ。仲間に引き入れられるなら儲け物だが、敵だった場合――これは一応、次のエリアに変更することにはなっていた。とは言え、個人の心理尺度もあるから、一方は仲間と判断して待機、一方は敵と判断して逃走など行き違う可能性がある。あとは、目的地までの道なりを別の禁止エリアで塞がれてしまった場合――これはもうどうしようもない。各自機転を利かせて次に移動するなりなんなりするしかない。他にも、思わぬ盲点があるかも知れない。
 晶は会場地図をそっとダイニングテーブルに置くと、その真横で場違いな存在感を放つ薄型のアレ≠ノ指を掛ける。朝方、住宅地で調達したバッテリー内蔵式のそれは、A4サイズのノートパソコンであった。USBコネクタに自宅から持参したUSBメモリを挿入し、忙しなくソフトをインストールしている。とても大雑把な説明は空太や果帆にもしたが、無条件に信用してくれているようなので助かった。色々手間取ってしまったので遅れてしまったが、ようやく取り掛かれそうだ。本格的に作戦を実行する前に冬司には詳細な説明を求められていたので、また改めて話す必要があるが――とにかく、これで、僅かな希望が現実となる。用意周到、さすがは俺だ。

 もしも、再び彼らと出会えなかったら――いや、またの再会は、プログラムが終了してから、どこかの遠い地でも構わないのだ。成功した時の合図は伝えてある。
 それに――そうだ、彼女とは、その時に会えたら、ベストだ。愛しくて小憎らしい彼女とは今は断絶するべきなのだ。だって、彼女がそばにいては自分は乱されっぱなしで我も忘れて愛しさのあまり殺し兼ねないのだから。殺したかった。彼女が自分のものにならないならいっそ殺してしまおうかと何度も苦しんだ。普段ならば本気とも言えない歪んだ願望を抑え付けるのは簡単だが、今は、駄目だ、今は。

 ――おい、朔也、どこにいるんだよ、お前は。

 好かれやすい性質の彼女の安否は、正直なところあまり心配していない。あの小春日和みたいな暖かさを前にしたら、手元も狂うと言うものだ。自分は、別だが。それでも、彼女もきっと不安に違いないのだ。だから朔也がそばにいれば良い。悔しいけれど、自分なんかよりずっと大人で、当たり前みたいに優しい男だ。ああ、ダメだ、すごく悔しい。でも、でも、それでいい、それでいいんだ。





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