061.『珈琲(1)』


 南北の外れに位置する集落の一角に強引に忍び込んだ本堂空太(男子十六番)は、微睡みの世界を漂っていた。分校を発ってからこれまで、間宮果帆(女子十五番)と一緒にいるのだが、昨晩世を過ごした神社では二人ともろくな睡眠を取ることが出来ず、こうして昼の間に交換で、休息を得ることにしていた。今は午前中に休んでいた果帆が見張りをしているところだ。
 仮眠に入って、三時間あまりだろうか。休息が必要とは言え、この状況下では爆睡することも出来ない。そこまで神経図太くはない。先に休んでいた果帆も同じだったようで、何度も寝返りを打ったり、起き上がったりを繰り返していた。プログラムの開始から、まだ丸一日も過ぎていないのに、徐々に疲れが蓄積しているのがわかった。精神的にも、体力的にも。
 空太は目を開ける。窓際に寄り添った果帆が、時々カーテンの隙間から外を伺うような動作をしている。彼女の精神状態が空太は気掛かりだったが、思ったより安定しているようだ。空太はほっと一息吐いてから、身体を起こした。

「起きた?」
「うん、おはよう」

 ぐう、と背骨を上に伸ばす。果帆が少し口の端を上げて、それを見つめた。

「よく寝れた?」
「うん、ぼちぼち」
「ほんとかよ」

 そのニュアンスは、驚いたと言う感じではなく、疑いに近かった。それもそうだろう。昼を過ぎた辺りから、特に三時を越えてから、銃声が何度も鳴り響いていた。その度に起き上がって、確認してと言うことをしていたら、身体を横たえても、眠気も何処かへ行ってしまった。

「間宮、コーヒー残ってる?」
「残ってるけど。なに、飲みたいの?」
「うん!」
「自分でやれ」
「……やってほしいな?」
「なんでだよ……しょうがねえな、あたしも飲みたいしちょっと待ってろ」

 そう言って果帆は、てとてとと空太の側に寄ると、レディスミスをテーブルの上に置いて、カウンターキッチンの方へ消えた。果帆を目で追っていた空太は、あの様子なら大丈夫そうだな、と一人納得して、ほうと天井を仰いだ。この家は比較的新しい作りに見えた。シミのない壁、糸の解れていないカーテン、傷のないソファー。ここの持ち主も今回のプログラムの開催はだいぶ嘆いたに違いない。綺麗に使わなければ。
 空太はソファーに腰掛けながら、テーブルに置かれたままになっている地図と、生徒名簿に目を配った。三年B組全員の氏名が書き連ねたそれに、氏名の端に、所々レ点が振ってある。全部で十人。昼までの放送で呼ばれたクラスメイトたちだった。あんな銃撃戦があった後だ、次の放送でも、もっと増えるに違いない。空太は、一人一人を目で追っていく。当たり前のように目が止まるのは、金見雄大(男子四番)森下太一(男子十九番)、そして、八木沼由絵(女子十九番)であった。
 金見雄大は、シャイで、からかうと可愛いやつだった。大人しい生徒だと思われているが、慣れてない人にはぶっきらぼうに振る舞ってしまうだけだった。半年ほど前に付き合い始めた一学年下の女子――チヒロちゃんだったか――とのことを聞くと、顔を真っ赤にして、普通だよ、と。とにかく普通だよと。彼女の容姿に関しても、性格に関しても、出来事に関しても、普通、としか言わない。それも少し焦ったようにしながら。茹で蛸のように赤面して、誤魔化すように言うものだから、ああ、照れてるんだなあと微笑ましかった。恋愛事情以外に関しては、それなりにお喋りでもあった。
 森下太一は、穏やかな少年だった。身体はクラスの男子で一番小さくて、少しだけ、少女のような面影のあるくりくりした目が特徴的だった。菫谷昴(男子六番)新垣夏季(男子十二番)がよくからかってたっけ。――やーい、チビ! すると、こう言うのだ。――チビじゃねえし、まだ成長期だし! 空太は太一が背が低いのを気にしているのを知っていたので言わなかったが。そんな風に太一は、例え自分が気にする部分を小突かれたりしても、決して怒らなかったし、冗談にして笑っていられるやつだった。二人ともいいやつだった。
 そして、八木沼由絵は――自分はあまり接点はない。その恋人の方とはよく話す真柄だったが。ただ、間宮果帆とは幼なじみだったと言う。昼の放送で由絵の名前が呼ばれて、果帆は苦しそうな顔をしていた。普段通り、気丈に振る舞ってはいたが。でも空太は知っている。空太がソファーで横になって、暫くして、果帆の啜り泣く声が小さく聞こえた。すごく、すごく小さかったが。心配を掛けさせまいとしたのだろう。間宮果帆と言う少女は、少しだけ金見雄大と似ているところがあった。慣れない相手にはぶっきらぼうで、不器用。おまけに口が悪い。けれど、情熱的な少女だ。だからこそ空太も、普段から割と親しくしているのだし、接しやすさを感じているのだった。
 続いて空太は、レ点の付けられていない生徒に目を走らせて行く。そして、一人の女子生徒で視線が止まった。――佐倉小桃。彼女は空太には、よくわからない少女であった。悪い意味ではなく。弱いんだか、強いんだか。淑やかなのか、お茶目なのか。大人しいのか、明るいのか。謎。もちろん、誰しも持ち合わせている二面性なのだろうが、小桃の場合は内面からの雰囲気が、そのギャップが、極端と言うか。可愛らしい、あどけない、柔らかい感じなのに時折、すごく綺麗だったりとか。気になり始めたのは、もうずいぶん前のことだ、去年とか。まあ――これが恋なんだろうなあ、と。誰にも打ち明けてないが。
 彼女は今、どうしているのだろう。あの銃撃戦に巻き込まれていやしないかと、ひやひやしたが、果帆と行動は夜にしようと話し合っていたので(勿論危険は承知だが、自分たちが合流したい面々は昼に動き回ってそうなので、行き違いを恐れたのだ)、自分勝手な行動は控えた。果帆だって同じだったはずだろう、あの銃撃戦には白百合美海(女子七番)や、乃木坂朔也たちが巻き込まれていたかも知れないのだから。

 床を踏み締める音がして、果帆が戻って来た。二人分のマグカップをテーブルに置くと、ほかほかと湯気が漂っていた。

「温めてくれたの?」
「熱いの飲みたかったから」





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