053.『伝えたい、その先に(1)』


「待って! 待って、小桃ちゃん! 結翔くんが来ていないの!」

 掴んだ腕を引かれて、道を逸れて竹林の中を走り抜けていた小桃は美海に振り向いた。美海が胸に手を当て息を整えながら、焦ったように後方を指さす。二種類の銃声が響いている。小桃は結翔の姿を探す。――いた、かなり遠くだ。先ほど、小桃が彼を追い抜いた辺りにずっと留まっていたのだ。
 小桃は美海のチーフスペシャルを見た。美海も同じことを思ったのかも知れない。左手で呼吸を整えながら、先ほどは決して構えなかったそれを、右手に抱えていた。美海が覚悟を決めなければ、小桃がそれを持って引き返そうと思っていたところだった。

「あたしが行くから、小桃ちゃんは先に逃げて」
「嫌よ、あたしも一緒に行くわ!」

 その言葉に美海は首を大きく振りながら、チーフスペシャルを片手に一人引き返そうとする。小桃は美海の腕を掴まえようと手を伸ばし――捕らえたところで、銃声に混じって結翔の声を聞いた。
 竹林に反響して上手く聞き取ることが出来ない。けれど、恐らく、結翔はこう言っていた。――佐倉、走れ! 白百合を連れて走れ!

「白百合さん、ダメ! やっぱりダメ!」
「小桃ちゃん!?」
「今の聞こえたでしょう!? 目黒くん、あたしたちが戻ることを望んでいないわ!」

 美海は涙を滲ませていた。今日になって、何度彼女のこの表情を見ただろう。いつも笑顔の美海の泣き顔は、小桃の胸にチリチリとした痛みを残す。けれど、そんな自分だって、目頭が熱くて溜まらないのだ。
 立ち尽くす美海の腕を引く。昨日分校から立ち去るときは、美海が小桃の腕を引いていた。今は逆だ、今度は自分が、彼女を導く番だ。
 数分前に結翔が冗談みたいに言っていた台詞を思い出した。――佐倉も白百合も、俺が守るから安心しろよな! 竹藪を駆ける小桃の耳には、相変わらず銃声と、結翔の悲願の叫びが、木霊していた。

 ――佐倉、白百合、走れ、どこまでも走れ!





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