060.『あなたは、あたしは(2)』
ちなみに朔也が親しくしている
まあ、もちろん、素直に紘那も、朔也のことは格好良いと思う。まあ自分は――これは、千恵梨にも内緒なのだが、晶の方をいいなと思っている口だが。
とにかく、乃木坂朔也に対しては、今隣にいる親友も例外ではなかった。一目惚れだったと言っていたっけ。その内側から滲み出るような人柄の良さに惚れたのだと。千恵梨があまりに熱心に片想いを貫いているので、そのもどかしさに最近は幸路知佳子や香草塔子などが露骨に背中を押したりして、多分、それなりにクラスにも知れ渡っているのが、少し可哀想にも思った。千恵梨本人があまり気にしている風ではないので、紘那も口は出さなかったが。そして朔也自身、千恵梨の露骨さに気付いてなさそうなのが、また、可哀想と言うかなんと言うか。
そう言えば、ここにはいないが、現在は同じグループの
紘那は膝を抱えて、千恵梨を上目遣いで見た。千恵梨の気の強そうな大きな瞳が、困ったように揺れていた。
「どうしたら、いいんだろうね」
「……正直、あたしさ、千恵梨は、乃木坂に会いたくて、……その、分校に戻るって、言ってるんだと思ったんだ」
「うん、それ、間違ってないわよ?」
千恵梨が俯く。寂しそうに、切なそうにしているのが、紘那には苦い気持ちになって、もやもやする。
「乃木坂くんにも声掛けるつもりだったのよ、あたし」
「……うん、そうだよね」
「乃木坂くんのことだから、信用出来るって、思ってるし」
「うん」
「それに」
ふいに千恵梨の手が伸びてくる。自分よりも一回りも二回りも小さな掌が、紘那のそれと重なった。
「紘那、あたしね、なんだか胸騒ぎがするの」
紘那の手の甲に重なったそれに、ぎゅっと、力が込もる。
「胸騒ぎって、乃木坂のことで?」
「うん」
俯いていた千恵梨が顔を上げて、奥まで続く森の先を。先を見ていた。
「なにか、すごく、すごく良くないことが、起こる気がする」
紘那の手を握り締めるそれとは逆の手で、外に向かって構えられていたステアーTMPが、かちかちと小さな音を上げた。
「ね、紘那」
まっすぐに、心配そうに震える紘那の瞳を、千恵梨が覗き込む。紘那は息を飲んで、続く千恵梨の言葉に耳を傾ける。
「実はね、ずっと考えてたの。みんなのこと、あなたに任せてはダメかしら。……乃木坂くんが心配なのよ、あたし、探しに行ってはダメかしら」
紘那は驚いて目を見開いた。探しに行く? あたしにみんなを任せて? とんでもない。紘那はなんとか頭の中でそれらしい理由を並べて、首を振るって千恵梨を見返した。
「一人で? 千恵梨を一人きりになんて、させられないよ」
「大丈夫よ、体力にも運動神経にも、自信はあるし」
「でも、みんな不安に思うよ。千恵梨がいないなんて」
それは全て本心であった。自分など、千恵梨の代わりを務められるような器じゃないし、なにより親友を一人きりになどさせられない。人よりも精神的、体力的にもタフな千恵梨であっても、とにかく、誰が敵で誰が味方かもわからないこの島は、危険すぎる。ダメだ、そんなの許すわけにはいかない。みすみす、死にに行かせるような真似はさせられない。
「だから、ダメ? 探しに行ってはいけない?」
どくん、と心臓が一度、大きく跳ね上がった。哀しそうな表情で紘那を見詰める千恵梨を見返して、視線を外そうとして、出来なかった。変わりに、あの時と同じように、身体中の血液がきんきんに冷えて行くような、嫌な感じが蘇って来る。不安と、よくわからない、恐ろしさが。
「千恵梨……」
ついこめかみに寄ってしまった皺を隠すように、紘那は額に指を押し当てて、考える仕草をする。千恵梨に、この不安を悟られないようにしながら。
「でも、灯里辺りが、なんて言うか……」
「みんなのことは、自分で説得するわ。理解して貰えるまで、話すつもりよ」
そうじゃない。――そうじゃないよ、千恵梨、心配なんだよ、なにもかも、色々なことが。その過程を想像するのも嫌なほどに。だって、ねえ、目の前でさ、
違う、不満なんじゃない。だって、千恵梨のすることだ、間違ってるわけがない。彼女がどんなに素敵で素晴らしい、すごい女の子か、知っている。いつだって千恵梨がしたことは、良い方に繋がって来たんだから、これまで、ずっと。千恵梨の力を信じている。大切な親友を信頼している。でも、でも、なんだか不安なんだよ、本当に、色々、よくわからないけど、不安なんだよ。
「もう少し考えてから決めるけど、その時は、紘那、あたしに協力してね」
残酷な言葉だ、とは思わなかった。けれど、残酷な選択を突き付けられたらような、苦しい気持ちに紘那は侵されていた。
「紘那だけが頼りよ、あたし、紘那ならって思うから」
その信頼を表す甘い言葉に、心が温まることも、不安が晴れることも、なかった。