100.『太陽を壊した魔女(3)』


「妨害電波?」

 疑問符をいっぱいに浮かべながら素っ頓狂な声を上げたのは圭吾だった。晶は戯れていた三人を木こりのダイニングテーブルの周辺に集めると、相変わらず煙草を咥えながら足を交差させ、得意気な澄まし顔でふふんと鼻を鳴らし、飄々とした態度で饒舌に語り始める。

「そう、一般的に普及されてる携帯電話回線、NNTやKEEIだが、島全体に強力な通信機能抑止装置が設備されて電波が妨害されてる。ずっと圏外表示なのはこれが原因だな」

 ひたむきな表情で晶の話に耳を傾ける冬司とは対照的に、夏季と圭吾の二人は難解な迷路に放り込まれたみたいに下顎をぽかんとさせて、互いの顔を見合わせている。まあ、元々話に興味を持っていたのは冬司のみではあったのだが――夏季と圭吾のその様子に、晶は喉の奥からくつくつと煮立つ愉快な笑声を、すんでのところで堪える。可笑しくて仕方なかったのだが、説明が先とばかりに笑声を噛み殺し、うっすらと爽快そうに口角を上げながら続ける。

「次に電気回路についてだ。電気系統が全滅していると言う話だが、そうは言っても分校には普通に電気は通ってるだろ。切断されてればお手上げだったが、回路が生きているとわかっただけで十分だ。何故かと言うと」

 晶は大きく肺に入れた煙を、美味そうに吐き出す。フィルターの部分を間に挟み込んだ二本の指を前に突き出すようにし、渦を巻いて漂う副流煙の先を天井に向けてから、にやりと笑んだ。

「夏季は一緒にいたから知ってるよな。住宅に侵入した際に、なんとか外部と接触する方法はないかと思って、固定電話機を探したんだよ。固定電話機と言っても、ACアダプタを必要としない、一昔前のタイプだ。わかりやすく言うと黒電話かな、ほら、ここにも置いてあるだろ? まあ、そこまで古いタイプじゃなくてもいいんだけど」

 名指しされた夏季が眉を持ち上げて記憶を辿り、頷くのを確認してから続けた。

「局線給電と言うんだが、これは災害時の停電等では実に優秀で、微弱な電力で事足りるために通話だけは可能な仕組みになってる。要するに電話局側に問題がないことが前提となるが、まあ、これは当然クリアだよな、あの女たちだって外部と連絡は取り合ってるはずだから。つまり、非常に弱い電力は今も島全域に通っていることになる。それで、もちろん、ビンゴ。あっさり繋がった。まあ、天気予報電話にかけたんだがな、……どうなったと思う?」

 電話が繋がった、と言うことは完全に初耳だった冬司が穏やかな垂れ目を丸々と見開き、あくせくと身を押し出しながら、催促するように言う。

「えっと、電話したの? わかんない、どうなったの?」
「これがね、あの女に繋がっちゃったんだよねえ。電話に出たのはあの、ベアトリーチェって女だったんだ」

 晶は煙草を唇の右端に咥えたまま、遠くを見るような目をして残念そうに少し笑った。

「妨害電波が流されてるのは早い段階で推測してたんだが、これには正直驚いたよ。連中も甘くないよな。つまり、近場の基地局が政府に乗っ取られてるってことだ。だからどの番号に電話しても、出るのはあの女だ」

 以下、あの女との会話だが――なァんだよ、道明寺晶ァアア? さすがは春夏秋冬年中無休盛のついた色ぼけ猿なだけあって優れた審美眼を携えているようだなァ、んー? 妾を口説こうって魂胆なんだろォ? きっひひひひひひ、金髪ボイン美女は珍しいよなァ? 最ッッ高だよなァア? だが生憎、妾は貴様のように肝心な女一人射止めることも出来ぬ、卑しく、女々しい蛆蝿になど興味がないのだ! 妾に遊んでほしかったらまずはその女を蹂躙してみせよ、そして力付くで妾を降伏してみせよ。それとも妾の爪先に跪いて小指にキスをしてみるかァアアア??? ひゃはははははひひひひひひ――ああ、思い出したらクソほど腹立つ。腹立つ。
 晶は煙草を勢いに任せ揉み消した。苛立ちがこんなところに出てしまったが、特に誰も気付いてはいないようだ。

「妨害電波の話に戻ろう。これは、恐らく携帯電話をピンポイントで狙って妨害している。通信機能抑止装置と言うのは、基地局からの電波を遮蔽して圏外を作り出しているわけではないんだ。つまり抑止装置が、位置情報や制御情報を含まない嘘の携帯電話基地局電波を発射する≠アとで、通話不能にしている状態を指す。と言うことは、公衆無線は生きている」

 今度は冬司も混じって三人で顔を見合わせてしまった。ややこしい話であるのは間違いない。晶ももう少し分かり易く説明が出来ればいいのだが、ここを詳しく理解させても特にメリットもないので、「つまり?」と先を促す夏季の言葉に甘えることにする。

「つまり、簡単な話だ。俺は公衆無線に、このノートパソコンから侵入してやろうと考えた」

 この話は一応、昼間にしたはずだ。インターネット通信を利用可能にする、としか説明していないが。

「Wi−Fiって言えばわかりやすいよな。無線LANに乗っちまえば通信なんかやりたい放題だろ? まあ、手間取ったのは、パスワードの解析がえらく難しかったからなんだが……とにかく、楽ではなかったが無事に成功した。下準備も全て完了した。さて、どうする?」
「え、えっと、昼間に言ってたことだよね? ウイルスを送りつけるって」
「そう。こんなこともあろうかと、このUSBメモリに持参して来たのさ。ざっくり言うとこれはワームとトロイの木馬を合わせたもので、ネットワークから感染する。どうだ、すげえだろ?」

 ちなみにこのウイルスは、以前晶が自宅で独自に開発したものだ。と言っても、その辺に転がり落ちているそれの使えそうなデータを抜粋して組み合わせた箇所も多く、完全にオリジナルと言うわけではない。こんなこともあろうかと半分は遊び感覚で作ったもので、一生使うつもりはなかったのだが、とにかくいよいよ役立ちそうだ。

「す、すげえけど、上手く行くの?」

 目を丸まるに見開いた冬司がおののいた様子で言うと、晶は薄く――すっかり彼に定着したニヒリスティックな独特の笑みを浮かべて、少し顎を引いた。

「それが問題だな。連中もサイバーテロの対策くらいはしてるだろうから、どの程度かいくぐれるかってとこだが」

 実質それが一番の問題点である。仮にも一国を背負う役人共のシステムに、中学三年生に過ぎない自分がどこまで欺けるか。
 約十三年前の香川県のプログラム――件の脱走事件が発生したあの実験だ。あの事件の首謀者と見られる川田省吾≠ヘ、二年連続プログラムに強制参加させられ最終生存者となった猛者だったのだが――全国ニュースにて個人情報を晒された彼はアダルトサイトなんかでは現在ももっぱら噂なのだが、どうも政府の秘密機関へのハッキングに成功し、機密情報を所持していたとのことだ。当時の彼は年齢的には今の自分と対して変わらないが、はっきり言って、はっきり言って自分には彼ほどの技術も知識も恐らくはない。プログラムを脅威と捉えていたのは事実だが、本当に選ばれてしまうなんて冗談だと思った。日頃からもっと意識していれば、もっともっと上手いやり方を事前に用意出来ていたに違いないのに。
 ジッポーを引火着火させる音と、ぼうと紙の焼ける音を立てて、新たな煙が空気中を舞う。いつもはここまでヘビースモーカーではないのだが、つまりは緊張している証なのかも知れない。

「でも、なにもしないよりはいいだろ? 実のところ、もう送りつけてる」
「え!?」

 冬司が素っ頓狂な声を上げる。実はインストールが完了した時点で無条件に発信するよう、プログラムに少し仕掛けをしていたのだ。このパソコンはすでにイカレている。そしてここから自動的に無線ネットワークに乗って感染する手はずになっている。まあ問題と言えば、ところ構わず流れて行くため、無差別テロと変わりないと言う点だが。

「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ? これはな、いつの間にか感染してるってのが特徴だ。気付いた時にはすでにシステムが破壊されてる。そしてシステムが壊れちまえば、この首輪に爆破の信号を送ることも不可能だ」
「えっ、えっ、破壊した途端に爆発ってことはない? アキラみたいな奴の対策として」

「破壊するってことは機能不能にするってことだぞ? つまり、無効化だ。それに感染経路なんて短時間でわかるものじゃない。この国にはな、反政府組織なんてものが大量にあるんだぜ? 最近は秘密裏に活動してる連中も巧妙で、政府も把握出来てないって話だ。まさか被験者の、たかが中三の俺みたいなガキが犯人とは思いもしないだろうよ」

 もう一度、精一杯に気取ってふふんと鼻を鳴らす。当然、一抹の不安は残る。成功する保証もない。だが、自分が自信たっぷりに振る舞うことで少なくとも彼らは活気づくだろう。失敗したらまたその時に考えるしかないが、今は志気を弱めるわけにはいかないのだ。高いモチベーションを維持し、強い意志を以てして乗り切らねば、希望も奇跡もなにも起こりはしない。精神論だと? だからなんだ? 世の中に理屈じゃ解決出来ないことがたくさんあるのは、自分らが感情を携え、悩み、考えることの出来る唯一の生き物だからだ。一理あるだろ?

「ほ、本当かよ? それが成功したら、首輪なんてあってないようなものじゃんか。すごい、すごいよ、道明寺」

 夏季が上擦った声で、やや興奮気味に言う。晶は茶目っ気たっぷりに笑い、嬉しそうに目を細めた。

「どうも。まあさすがは俺なんだけど、お前らにそう言って貰えると自信付くわ」

 夏季に圭吾に冬司。三人もの仲間がいる状況が、どれほど有り難かったか。一人きりでもここまでの作業は可能ではあったが、外界を警戒しながら進めるのと、見張りを仲間たちに委ねてしまうのとではわけが違う。一人、静かな空間で陰気臭く考え込むのと、仲間たちの戯れ声を聞きながら頭を整理するのでは気持ちの余裕がまるで違う。自分はあまり神経は図太い方ではなく、むしろ細いのだ。最近嫌になるほど実感したばかりだ。それがわかっていたから、余計に有り難かった。

「成功を見極めるポイントだが、上手く行ってれば臨時放送でなんらかのリアクションがあると思うんだ。誤報が流れたり、放送自体がなくなったり。まあ、それまでは気長に待つしかないな」

 だが、その間にやっておくことがある。
 晶は三人の力強く覇気のある顔を、順に見つめる。ここからは、自分一人の力では到底不可能だ。心強い仲間と運良く巡り会えたことに、心より感謝を。晶は口の両端を釣り上げ、身体を前にどっしりと乗り出した。





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