021.『その美しさまで(2)』
嘘みたい……。
突きつけたVz.61スコーピオン・サブマシンガンが彩音の掌を滑り落ち、激しく音を立てて落下する。
「昴なの? 本当に昴なの……?」
「俺だよ、彩音」
ふわりと微笑む菫谷昴に、彩音は緊張の糸が解けたように顔を歪ませ、涙がほろほろと止め処なく流れ落ちて行く。彩音は縋るように昴へ手を伸ばし、答えるように腕を引き寄せる昴の胸へ飛び込んでいた。
「ああ、昴! 会いたかった、すごくすごく会いたかった! アヤ、怖くて怖くて、すごく不安で、頭の中ごちゃごちゃで……!」
「うん、うん、もう大丈夫だからな、彩音」
不思議な気分だった。彩音――そう呼ばれるのは、初めてだ。その綺麗なアルトで奏でられる自分の名を、どれほど切望したことだろう。昴はなにかと恥ずかしがって、彩音の名前を呼んでくれることなどなかった。名前どころか、名字さえもだ。――あれ? じゃあ、なんて呼ばれていたんだっけ?
「彩音」
僅かに浮かんだ疑問も、甘いアルトで名前を呼ばれればそれだけでどうでも良いような気がして、彩音は泣き笑いしながら相槌を打つ。
「俺のこと、好きか?」
「好き! 好きだよ、アヤずっと昴が好きだった」
顔を埋めた胸に向かって、切実に彩音は訴える。黒いカーディガンが涙でぐしょぐしょだ。けれど昴はそれを気にとめた様子もなく、彩音のサラサラのストレートヘアを優しく、指に絡め取る。
「ありがとうな、彩音」
違和感と、固い感触。
髪を撫でる左手と、スコーピオンを握り締める右手。さっと血の気が引く感じを覚えながら、彩音は恐る恐る目線をスコーピオンを押し当てられた左わき腹へずらしていく。なに、なにこれ? アヤの武器をどうして昴が持ってるの? どうして昴がアヤにこんなもの突き付けてるの?
声にならない悲鳴を上げて、彩音は昴から飛び退く。先ほどは慈悲深く思えた微笑みが不気味にくすんでいた。ああ、だって、こんな状況だと言うのに、頬も口も目も、ぎらぎらと妖しく光る美しい瞳も、全てが楽しそうに戯笑しているのだ。心の底から微笑んでいるのだ。
あまりの驚きに涙も止まってしまった彩音は、目を大きく見開いて異様な雰囲気を漂わす昴を見詰める。けれど最後の最後まで思うのだ。そんな姿だって、憎らしいほどに、美しいのだ、彼は。
「この俺がテメエみたいな根暗女好きになると思ったか? 絶望の中で死ね?」
パパパパパ、と小気味良い音を立ててスコーピオンが火花を散らす。プログラムの開始から初めて悪食島≠ノ響き渡った銃声は、細かめの弾丸を彩音の身体にいくつもいくつも貫通させて行き、鮮やかな血液がその度跳ね上がった。時間にしたら僅か数秒の出来事。彩音は自ら撒き散らした血液の海へ倒れ込む。倒れ込んだ時には、すでに事切れていた。
女子二十二番 渡辺彩音――死亡