016.『危険な航海(1)』


 今から戻ってどうするの? やめた方がいいよ。
 どうして? まだ間に合うかも知れないじゃない。紘那はみんなに会いたくないの?
 そうじゃないよ。でも、危険なんだよ、だってもう、殺し合いは始まってるんだよ。
 なら尚更、放っておくわけにはいかないじゃない。まだ間に合うから、絶対に、今ならまだ、間に合うから。


 ――ねえ。

 ――ねえ、千恵梨。

 ――間に合うって、誰に?





   * * *



 桜並木の裏、校庭を背にしながら泉沢千恵梨(女子二番)、田無紘那たなしひろな(女子九番)深手珠緒ふかでたまお(女子十四番)武藤灯里むとうあかり(女子十七番)の四人はなるべく息を潜めて、寄り添うように身を隠していた。今ちょうど、八木沼由絵(女子十九番)が正門を出て行ったところだ。

「あと少しね」

 深手珠緒が声を押し殺しつつ誰ともなく話しかける。

「そうね」

 頷いたのは泉沢千恵梨である。千恵梨はなるべく昇降口から視線を外さないようにして、じっと目を凝らしている。
 田無紘那は一度だけ千恵梨を見やり、戻そうとして視界の端に、同じグループの香草塔子(女子四番)の物言わぬ死体を認める。少し離れた落ち葉の上では、金見雄大(男子四番)がやはり同じように、血塗れになって倒れている。分校に戻ってきた時、千恵梨は二人の遺体に驚いたような声を上げた。早くに出発した彼女はなにも知らないのだから当然である。だが紘那は出発した時点で当然、惨殺された二人を見つけていた。ただ、昇降口の扉前に、新たに桧山洋佑(男子十四番)の遺体が転がっていたのは、予想外だったのだが。

 自他共に認める大親友と公言する千恵梨と紘那が出会ったのは、実は全くの偶然であった。支給武器のノコギリを手に途方に暮れていた紘那が分校近くにある畑道をさ迷っていると、偶然、分校へ戻ろうとしていた千恵梨とばったり出会したのだ。再会を喜ぶのもそこそこに、千恵梨が今から分校に戻って仲間を集めると言い出した。
 確かに、紘那が学校を発ってから時間がそれほど経過していると言うわけではなかった。戻ればまだ大勢のクラスメイトが残っているはずであった。しかし紘那は反対したのだ。何故なら――香草塔子が、死んでいたから。

 ――絶対に間に合うから。

 その言葉に押されるように紘那も千恵梨と共に、分校へ戻ってきた。辿り着く直前、物凄い勢いで野上雛子(女子十二番)が走り去って行くのを目撃する。彼女の姿を確認して、恐らく千恵梨は期待したに違いない。しかし昇降口から出てきたのは深手珠緒だった。当然紘那は嬉しかった。千恵梨の次に、と言っても過言ではないくらいの仲良しの珠緒に間に合ったのだから、紘那は、嬉しかった。
 三人で話し合って、不良と名高い福地旬ふくちしゅん(男子十五番)御園英吉(男子十七番)、クラス内でも孤立気味の水鳥紗枝子(女子十六番)は見送ることにした。本堂空太(男子十六番)や間宮果帆(女子十五番)に至っては、どうしようかと話し合ってる間に二人で分校を離れてしまった。そして、武藤灯里が出てきた。ボストンタイプのクールな美女、成績優秀でいつもは冷静沈着な灯里は――これは時々出る彼女の悪い癖なのだが、ややヒステリックになってこう提案したのだった。男子は信用できない、女子も残るメンバーでまともな生徒は一人もいやしない、知佳子だけで十分だ、と。確かに残るメンバーと言えば、頼りなさそうなオタクが一人と、地味で存在感のない少年が一人にチャラチャラした不良が三人、色惚けした少女が一人と、灯里のある意味天敵が一人、そしてあまり千恵梨が良い印象を抱いていない体育会系の男子二人だけであった。
 灯里の提案を承諾し、一同はじっくりと、幸路知佳子ゆきじちかこ(女子二十番)を待つ。けれど紘那は思うのだ。塔子が殺されたこと、みんな、なんと言って知佳子に説明するの……?

 やがて譲原鷹之ゆずはらたかゆき(男子二十番)が正門を潜り、分校を離れていく。





【残り:39名】

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