071.『透明な罪にしなだれて(6)』


 しかし、それは叶わなかった。空太は留姫の小柄な身体の向こうに、素速く動く人影に気を取られる。中学生男子のおよそ平均的な身長、淡泊だか線の細い割と整った中性的な顔立ち、ショートボブの丸い茶髪、そして、細いが筋肉質なその腕に黒く細長い、アサルトライフルのような小銃を肩に担ぐようにして、鬱蒼とした茂みをかき分けた。
 なんだあの武器は! 空太たち三人が持っている拳銃では到底勝負にもならないようなそれを、堂々と構えているのは如月仁(男子五番)だった。首を折り畳むようにして、ライフルの上部に突き出したものを覗き込んでいたので、顔は半分しか見えなかったが、確かにそれは如月仁だった。

「榎本、動くな!」

 空太の視線に気付いた留姫が、不審がって少しだけ首を動かそうとするのを、仁の厳しい声が制する。それで留姫は、しまった、と言うように目を張った。先ほどまで飄々としていた彼女が空太たちに見せた、初めての動揺であった。

「また、あなたなの、如月くん」

 苛立ったような口調で、留姫が呟く。大袈裟に溜め息を吐きながらも、その口元は取り繕うように笑みを残している。
 一歩一歩、慎重に仁が留姫の背後に迫る。草を踏み締めながら、仁は語り続けた。

「ずっと考えてた。俺には取り立てて仲の良いクラスメイトはいないさ。けど役人の思惑通りに動くなんて真っ平だ、こんなゲーム、クソ食らえだ」

 留姫との距離、おおよそ十メートルと言ったところで仁は歩みを止めると、厳しい顔付きで真っ直ぐ、小銃を定めた。

「けどな、お前は殺せるぜ、榎本」

 留姫はここで、果帆のレディスミスと仁の小銃――M4カービンの双方に睨まれているにも関わらず、さっとつま先を四十五度移動させた。改めて仁の武器を横目に盗み見て、驚いたように目を張る。

「これは、お前が奪い損なった金見の武器だ。残念だったな」
「……残念だわ。それにしても、すごい執念ね、如月くん、あなた、香草さんとの件が、そんなにショックだったの?」

 それで空太は、金見雄大と香草塔子が殺された現場に、仁がいたことを知る。だからと言って、どうと言うこともなかったが。
 一瞬だけ押し黙っていた仁が、悲しそうに瞬きをし、すぐに留姫を睨んだ。

「……ショックだったさ。お前にはわからないだろ、金見と香草が、どんな想いで死んだか。香草は死の間際、ごめんなさいと言ったさ。友人を気に掛けながら、後悔の中で、死んだんだ」

 あの惨状を全て見てきたと言うような口振りだった。仁がそれでなにを感じ、なにを思ったか、空太はわからない。けれど、とても悲痛な訴えに聞こえた。それがその悲惨さの全てを物語っていた。
 留姫がもう一度身体を四十五度、向きを変えた。しっかりと仁に振り返って、今度は空太たちに背を向ける形になった。

「悔しいの? 如月くん」

「……ああ。だからお前は生かしておけない。お前は、危険すぎる」



「待て! 如月!」

 M4カービンの銃口が真っ直ぐ留姫の頭部に向かうのを見て、果帆が叫んだ。

「そいつ、プラスチック爆弾なんてものを持ってんだ! 当たったらまずい!」

 仁が眉の端を釣り上げる。ちらりと、空太と果帆を見た。なにかを探るようにその目が泳いで、再び留姫を見据える。見据えながら、今度は空太たちに向かって叫んだ。

「こいつは引き受けた、行け!」



 宍銀学園中等部は、私立中学の中でも、特異の制度を設けていた。四月の学年始期に他校からの編入が認められていたのだ。その数は、一学級辺りおおよそ二人。宍銀中はだいたい、各学年に八クラス程度設けているので、公立と比べても毎年の編入者は多いと言えた。去年は萠川聖(女子十八番)一人きりだったが、それはたまたまだ。ただ今年に入って、若干制服の乱れは目立つが基本的に仲が良く和やかな三年B組には、教師たちの意向の元、問題のありそうな生徒を敢えて編入させているのでは、との噂が、まことしやかに囁かれていた。
 もちろん真相はわからないし、そんなことはどうでも良いが、問題、と言う点を挙げるなら、去年編入したかなり砕けた感じの少女、萠川聖も然り。今年編入した、凛としていて大人びた水鳥紗枝子(女子十六番)もまた然り。そして、この如月仁も、また然り。
 だが、聖はともかくとして、仁も、そして紗枝子も、特別生活態度が悪いと言うことはなかった。敢えて挙げるとすれば、紗枝子はやや学校を休み勝ちな面と、クラスメイトに対して拒絶気味な面であった。かと言って、なにか騒ぎを起こすこともなければ、無視をすると言うこともなかったし、必要最低限の役割はきちんとこなしていたと言える。
 仁は、と言うと、まず、威圧感と言うか、近寄るなとでも言いたげな雰囲気が半端なかった。仏頂面で、流し目なのに鋭い眼力、けれどあまり目を見て話さない。いつも遠いところを見るみたいに、斜め上の方を眺めていた。それでも時々ちらりと視線を合わせて来ると、空太は背筋がぴんと伸びた。どきりとした。まあ、話したことは、数える程度しかないが。彼の教室での席は、廊下側から二番目の最後尾であった。いつも時間にそれなりの余裕を持って登校しては、通学用カバンを机の脇に掛けると、足を組んで、それはそれは澄ました感じの涼しい顔で、目を閉じて、椅子の背もたれに身を投じて、頭の上で腕を組んでいた。
 ただ、紗枝子も仁も基本的に一匹狼であったけれど、紗枝子の方は自分の方から関わりを避けている嫌いがあったの比べ、仁は、多分彼女よりは寛容であった。と言うのも、乃木坂朔也や白百合美海と言った一部の非主流派の面々とは、多少打ち解けている感じがあったからだ。基本的に一匹狼気質なのか、深く関わりはないようだったが。空太は、と言うと、空太自身は異なったタイプのクラスメイトとも気さくに溶け込む才があり、交友関係は幅広かったが、仁のその気質は少し苦手で、あまり関わらなかった。和気藹々としているのが好きだし、下手に気を遣ってしまって、頭がこんがらがるのだ。

 だから、このプログラムが始まる前の教室で、空太は仁を少し疑ったのだ。彼のようなタイプの人間が、ゲームに乗るのではないか、と。けれど裏を返してみればどうだ。大人しくて、華奢で、あまり自己主張しない少女が何人もの友人を殺害し、無愛想でヤバそうな雰囲気を醸し出していた少年が、それを止めようとしている。そして、自分を犠牲にしてでも、空太たちを逃がしてやろうとしている。



 それで空太の胸は更に、騒然と波打っていた。だが、その空太に、先ほど弾き落としたデザートイーグルが突き出される。果帆が力強く頷きながら、空太にそれを握らせた。そして、先を促すように空太の肩を目一杯叩き、デイパックを引っ付かんだ。

「如月、恩に着る、ごめん!」

 果帆のその言葉に、仁が頷き返したかはわからなかった。
 腕を引かれて、釣られて空太も足場の悪い森林地帯へ深く進む。何度か後ろを振り返ったが、その姿が見えなくなるまで、対峙する仁と留姫の距離は変わらなかった。





【残り:29名】

PREV * NEXT



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -