038.『消せない不安(1)』


 絶叫のようなものが、何度も何度も、すぐそこの畑から木霊している。羽村唯央(女子十三番)は畑道から続く森の樹木を背にして、うずくまったまま頭を抱える。恐らく男子生徒のものだと思うが、その正体までは判別出来ない。怒鳴り声が聞こえ始めたのはついさっきのことだった。
 分校で野上雛子(女子十二番)の襲撃を受けそうになった唯央は、誰かの助けに甘んじて一目散に逃げおおせた。誰かと言うのはあまりの混乱に、脅威の雛子以外に気が回らなかったからだった。冷静に考えればその人物が、一つ前に出発した乃木坂朔也だとすぐに気付いただろう。だが、嘘のような話だが、唯央はどのようにしてこの森まで辿り着いたかさえ、覚えていなかった。無我夢中で駆け抜け、気付けば畑を通って森に紛れ込んでいた。
 唯央は支給武器のスタンガンを胸に握り締める。もっとも、気休めにもならなかったが。――だって、何度が銃声のようなものを聞いた。こんなもので、銃で武装した敵にどうやって反撃しろと言うのだろう。

 そもそも、なんでこんなことになったんだっけ?
 おおよその生徒が胸を躍らせた沖縄旅行。卒業前の大イベントともあって、みんなすごく張り切っていた。昨日の朝方にはバスで学校を発って、今頃は沖縄のホテルでぐっすり休んでいたはずだったのに。ああ、でも、そうだった――唯央は見ていたのだ。高速道路を走行するバスの中で、運転手とガイドが、黒いガスボンベのようなものを被っているのを。そして、騒がしかった車内は徐々に暗幕を下ろすように静かになって行き、気付けば知らない教室だった。
 唯央は記憶を辿っていく。教室で専守防衛兵士に射殺された筒井惣子朗と七瀬和華。放送で知ったのだが、香草塔子もすでにこの世を去ってしまった。何故、先に死んでしまったのだろう。日頃から面倒見の良かった和華がこの世にいない、そう考えるだけで、唯央の胸の内は例えようのない不安で波打つのだ。

 そろそろ日も昇ろうかと言う時間帯。うずくまったまま固まっていた唯央は、争い声が止んでいることに気付いた。





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