042.『タイヨウの唄(2)』


 笑って泣いて 君と出会えて
 続く未来は 輝きだした
 ひまわり揺れる タイヨウの下で
 わたしのまま 明日を





   * * *



「勝平……、会いたかった」

 瞼にいっぱいの涙を浮かべる勝平を見つめて、由絵は微笑んだ。そして、驚きに瞼を持ち上げた勝平の瞳からついに零れた涙が、由絵の頬を濡らす。

「由絵、俺がわかるか? ここにいるのがわかるか?」
「わかるよ、ずっと会いたかったもん」

 当たり前じゃない、と言った感じで由絵は笑みを深くした。それを見て少し安心したらしい勝平も、ようやく微笑を浮かべた。浮かべながら由絵を両腕で抱え起こして、視線を少し上へ外す。それで由絵もまた、ようやく自分を見守るのが勝平だけではないことに気がついた。

「美海?」
「由絵、よかった、目覚めてくれて、本当によかった」

 美海はそう言いながら、ほろほろと流れ落ちる涙を拭った。由絵はそんな美海の様子を嬉しく思いながら、隣で心配そうに眉を顰める小桃に気付いた。少しだけ意外な組み合わせ。――二人は佐倉さんと一緒だったんだ? こっそりと、小桃ではなく果帆がいてくれれば良かったのにと思ったのは、秘密である。
 美海が由絵の力の抜けた右の掌を握り締める。由絵はそれに答えようとして、思い通りに動かない自分の身体を知った。そして、あの美しい理想郷は夢ではなかったのだろうと、自身の死期を悟る。恐らく、これこそが最大にして最期のプレゼントなのだ、とも。

「由絵、なにがあったんだ?」

 しっかりと由絵の肩を支えながら勝平が問いかけた。普段それなりに勝平と親しくしている鷹之の悪行を伝えるのは少し躊躇ったが、生きている三人には必要なことだ。

「譲原が、やらせろって言うから、抵抗したの。そしたら、怒っちゃって――」

 由絵がその一部始終を話し終えると、勝平が憎々しげに表情を歪める。大切な人にこんな顔をさせてしまう自分が悲しい。美海や小桃も、険しい表情を浮かべて絶句している。

「三人とも、気をつけて。……美海、あんた、可愛いんだから、油断しちゃダメ」

 そこまで言って、由絵はふと瞼が重くなるのを感じた。なんとか辺りを見渡そうとして、視界が徐々に朧気になりつつあるのに気付く。もう時間がない。由絵は霞む風景の中で、勝平を、しっかり目に焼き付けたくなった。このまま視力が失われても、瞼の裏に蘇りますようにと。

「笑って、勝平」
 勝平の笑顔が、一番好きだから。

 慌てたように勝平は由絵を支え直した。一度大きく深呼吸して、由絵は和やかに微笑する。勝平が自分を思い出した時、そこには、笑顔の自分がいれば良いと思うから。

「勝平の彼女でいられて、幸せだったよ。ありがとう」

 由絵の肩を抱える勝平の腕が震えていた。再び勝平の瞳に涙が滲んだが、ぐっと堪えるように喉の奥を鳴らして、ほとんど抱き締めるみたいに支えながら、由絵の前髪ら辺を撫でた。大きな掌で、包み込むみたいに、優しく、優しく。

「バカだよ、お前。別れの挨拶みたいに言うんじゃねえ。でも、俺も、幸せだったぜ、由絵が大切だったぜ」

 ふんわりと微笑んで、由絵は最後の力を振り絞って勝平の頬を撫でた。

「ありがとう。もう一緒にはいられないけど、……大好きよ。だから、生きてね。あたしを忘れないでね」

 ね、勝平――と言って、力強く頷く勝平を見つめる。ああ、最期にあの唇に触れたいなと思ったけど、それは堪えた。そんなことを考える自分を、やっぱり重い女だなと心の中で苦笑しながら、その変わり、と、美海を見つめた。けど、親友の愛らしい顔はもうほとんど見えなかった。

「美海、思い出の曲、歌ってほしいな」
「……『タイヨウの唄』?」
「うん!」

 何年か前にドラマの主題歌で流行った歌だ。由絵はこの歌が好きだった。誰かとの思い出ではなくて、由絵のこれまでの、思い出の一曲だ。いつも聞いていたし、カラオケでは十八番、けど、歌うのは美海の方が上手いから、最近は頼み込んで歌わせて聞いているのが好きだった。
 ゆっくりと頷いた美海の呼吸が聞こえる。由絵は重い瞼に身をゆだねて、瞳を閉じた。涙声で奏でる音色に、いつもの歌唱力はなくても、それは由絵の耳にはどんなときよりも心地よく響いた。

 由絵は微睡むように、少しずつ流れ行く思い出の映像の中で、愛しい恋人の腕に包み込まれながら、そっと、綺麗なソプラノに酔いしれる――。



 震えている私の手に 初めて君が触れて
 優しい気持ち 温かさに やっと気付いたんだ
 閉ざした窓開ければ 新しい風が吹いた





10/20 AM07:27
女子十九番 八木沼由絵――死亡

【残り:34名】

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