064.『一緒に死のうよ(2)』
「でも嫌ってたじゃん! キモイって言ってたじゃん!」
「ああ、言ってたよ、だがそれとこれとは話が別だ! 俺は別に死んでほしいなんて思ったことねえし言ったこともねえ!」
「うそだよ、死ねって言ってたよ、影でいつも! だからヒナが殺してあげたんじゃん、高津のために殺してあげたんじゃん!」
雛子は、もうほとんど錯乱状態であった。大粒の涙を零し、えくえくと嗚咽し、身体を激しく振り乱して、わめき散らした。雛子が人一人殺しても罪悪感を得なかったのは、そう言った背景があった。相手が桧山洋祐だったからだ。日頃、深い溝のあった両不良グループとオタクコンビ。
もっとも、不良グループの一部がその暗い雰囲気を一方的に嫌うだけで、桧山洋祐にも
将来の可能性の話をすれば、危ぶまれるのはむしろ雛子たちであった。政秀は特に、悪いことが格好良いことだと思っている節があった。タイマン張って相手ぶっ殺して鑑別所行きになればハク≠ェ付くと、前に雛子に耳打ちした。だから当然雛子は、高津政秀と言う男は、人殺しなど容易い人間なのだろうと思っていたし、そしてそんなところを格好良いと思っていた。
そして殺人を厭わない(と雛子は思っている)政秀であっても、自分のことは殺さないと理由もなく確信していた。いや、確信と言うよりも、潜在意識の奥の方から、疑う余地さえないくらい、そう言うものだと思い込んでいたのだ。何故なら雛子は、政秀の仲間であり、そして、恋人に最も近い女だったはずだからだ。
もっともそれらは全て、政秀の虚勢であった。三年B組の不良グループは、他クラスの同じような生徒とも連んでいて、当然のように他校の不良と喧嘩もした。もちろん全員が全員と言うわけではないが。同じクラスでは、
かく言う政秀自身、腕っ節はそこまで強くなかった。そこそこの戦力ではあったが、強い奴は他にいくらでもいたし、悪い奴も上には上が、いくらでもいた。窃盗、薬、暴力団の事務所に出入りしている者、色々。
確かに言えることは、政秀はワル≠セったが、注目を置かれたり名を馳せたりするほどのものではなかった。中途半端だった。そして、本当に強くて悪どい奴らに、憧れを抱いてさえいた。それが、あまりその世界を知らないクラスメイトへの虚勢として、現れていた。
雛子はそんなことは知らない。だから、雛子は今、勝手に頭の中に描き上げていた憧れの政秀と、現実とのギャップに、とんでもない裏切りにあったような、理解したいのに理解出来ないと言うようなジレンマに、苛まれていた。
「気に入らない奴は徹底的に叩き潰すんでしょ!? それが高津のやり方だよね!? ヒナ、そんな高津をかっこいいと思ってたんだよ!? だから桧山を殺したんだよ!?」
「それは……、幻想だ」
憎らしそうに、プライドを崩された政秀の痛々しい、冷たい視線が雛子に降り注がれる。
「全部うそだ。俺には、嫌いだからって簡単に人を殺せる度胸はねえよ」
ゴルフクラブを雛子の頭上に構えてその動きを封じながら、政秀は、投げ出されたボウガンを恐る恐る手中に収める。雛子は政秀がボウガンを拾い上げる様を、ただ茫然と見逃していた。
そして政秀がゴルフクラブを降ろして、今度はボウガンの矢の先を雛子に向けた。
「行けよ、消えちまえ、お前なんか」