064.『一緒に死のうよ(2)』


「でも嫌ってたじゃん! キモイって言ってたじゃん!」
「ああ、言ってたよ、だがそれとこれとは話が別だ! 俺は別に死んでほしいなんて思ったことねえし言ったこともねえ!」
「うそだよ、死ねって言ってたよ、影でいつも! だからヒナが殺してあげたんじゃん、高津のために殺してあげたんじゃん!」

 雛子は、もうほとんど錯乱状態であった。大粒の涙を零し、えくえくと嗚咽し、身体を激しく振り乱して、わめき散らした。雛子が人一人殺しても罪悪感を得なかったのは、そう言った背景があった。相手が桧山洋祐だったからだ。日頃、深い溝のあった両不良グループとオタクコンビ。
 もっとも、不良グループの一部がその暗い雰囲気を一方的に嫌うだけで、桧山洋祐にも与町智治(男子二十一番)にも、蔑まれ見下され傷つけられ、あまつさえ殺されるような落ち度は、どこにもなかった。洋祐は身なりに無頓着なアニメ好きの少年ではあったが、勤勉で、学年トップクラスの成績を治めていたし、智治は大好きなゲームを自分自身も開発するような、将来に可能性を宿した少年であった。
 将来の可能性の話をすれば、危ぶまれるのはむしろ雛子たちであった。政秀は特に、悪いことが格好良いことだと思っている節があった。タイマン張って相手ぶっ殺して鑑別所行きになればハク≠ェ付くと、前に雛子に耳打ちした。だから当然雛子は、高津政秀と言う男は、人殺しなど容易い人間なのだろうと思っていたし、そしてそんなところを格好良いと思っていた。
 そして殺人を厭わない(と雛子は思っている)政秀であっても、自分のことは殺さないと理由もなく確信していた。いや、確信と言うよりも、潜在意識の奥の方から、疑う余地さえないくらい、そう言うものだと思い込んでいたのだ。何故なら雛子は、政秀の仲間であり、そして、恋人に最も近い女だったはずだからだ。

 もっともそれらは全て、政秀の虚勢であった。三年B組の不良グループは、他クラスの同じような生徒とも連んでいて、当然のように他校の不良と喧嘩もした。もちろん全員が全員と言うわけではないが。同じクラスでは、御園英吉(男子十七番)は比較的参加率が高かった。譲原鷹之(男子二十番)なんかは声を掛ければ着いて来たが、あまり役に立たなかった。福地旬(男子十五番)は小学校時代の友人とバンド活動に明け暮れていたようで、ペライベートではあまり付き合いがなかった。秋尾俶伸(男子一番)千景勝平(男子九番)は、腕っ節は強かったが、応援で来ると言う程度で、万引きやかつ上げと言った行為にも参加しなかった。
 かく言う政秀自身、腕っ節はそこまで強くなかった。そこそこの戦力ではあったが、強い奴は他にいくらでもいたし、悪い奴も上には上が、いくらでもいた。窃盗、薬、暴力団の事務所に出入りしている者、色々。
 確かに言えることは、政秀はワル≠セったが、注目を置かれたり名を馳せたりするほどのものではなかった。中途半端だった。そして、本当に強くて悪どい奴らに、憧れを抱いてさえいた。それが、あまりその世界を知らないクラスメイトへの虚勢として、現れていた。

 雛子はそんなことは知らない。だから、雛子は今、勝手に頭の中に描き上げていた憧れの政秀と、現実とのギャップに、とんでもない裏切りにあったような、理解したいのに理解出来ないと言うようなジレンマに、苛まれていた。

「気に入らない奴は徹底的に叩き潰すんでしょ!? それが高津のやり方だよね!? ヒナ、そんな高津をかっこいいと思ってたんだよ!? だから桧山を殺したんだよ!?」

「それは……、幻想だ」

 憎らしそうに、プライドを崩された政秀の痛々しい、冷たい視線が雛子に降り注がれる。

「全部うそだ。俺には、嫌いだからって簡単に人を殺せる度胸はねえよ」

 ゴルフクラブを雛子の頭上に構えてその動きを封じながら、政秀は、投げ出されたボウガンを恐る恐る手中に収める。雛子は政秀がボウガンを拾い上げる様を、ただ茫然と見逃していた。
 そして政秀がゴルフクラブを降ろして、今度はボウガンの矢の先を雛子に向けた。

「行けよ、消えちまえ、お前なんか」





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