040.『消せない不安(3)』


 パン、と甲高い乾いた銃声が響いた。
 鷹之のもがく唯央の制服を引き裂こうとしていた手が止まる。それに合わせるように唯央も息を飲んで抵抗をやめた。
 もう一度、二度と、森の中を銃声の音色が駆け抜ける。そして、豪快に草を踏み潰しながら急いで駆けて来る人影を発見した。

「譲原! 羽村!」

 銃を片手に二人の名を呼ぶ人物は、有栖川直斗(男子二番)だった。
 直斗の姿を確認した鷹之が弾かれたように唯央を解放すると、元来た草むらをほとんど這うようにしながら引き返して行く。

「待て、譲原!」

 もちろん、その言葉に鷹之が足を止めることはなかった。なにせ直斗は銃を所持していた。鷹之も、そして唯央にも、それは脅威の対象でしかない!
 その場にうずくまった唯央は開いた胸元を隠すようにしながら身体を震わせる。直斗が唯央のそばに到着した頃、鷹之の姿はすでに畑道の奥へ消えていた。

「羽村……」

 ビクッと唯央の肩が飛び跳ねる。恐る恐る顔を上げて、唯央を見下ろす直斗の右手に回転式拳銃――コルト・パイソンを認めた。

「羽村、大丈夫か?」

 直斗が心配そうに眉を顰めて問う。だがそれは、何故か唯央には遠い異国の言葉のように不気味に耳に響いた。ハムラダイジョウブカハムラダイジョウブカハムラダイジョウブカ――理解不能、だが、知らない言葉でこの人はこう言っているに違いなかった。殺してやる、殺してやる、殺してやる。
 立ち上がらせようと肩に伸ばす直斗の手を、唯央は振り払った。

「ごめんなさい、殺さないで、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 ゴメ ン ナサ  イゴ メ  ンナ サ  イゴメ ン ナ サ イ――。



「――ら、――むら、――羽村!」

 がたがたと音が鳴りそうなくらい顎を震わせる唯央の肩を、直斗が強く揺さぶった。その足下には直斗の支給武器のコルト・パイソンが無造作に投げ出されている。
 焦点の定まらない瞳で譫言を繰り返していた唯央は、デイパックも武器も投げ出した丸腰の直斗の顔をぼんやりと見返した。戸惑ったような、苦汁を噛み締めたような、ひどく痛ましそうな表情を浮かべて唯央の名前を繰り返していた。
 譫言を止めてようやく反応を返した唯央に少しだけ安堵したように眉間の皺を緩めて、直斗は、優しい声色で囁く。

「なにもしない、なにもしないから、脅えないでくれ」

 まるで巨大な雷雲が過ぎ去った台風の明けのように、それは唯央の中に途端に、すとんと落ち着いた。不思議な感覚だった。――あれ? 殺そうとしてない? それどころかもしかして――助けてくれた?
 唯央はようやく光を取り戻した瞳で直斗を見つめる。実に不思議そうに、穴が開きそうなほど真っ直ぐに、直斗の浅い焦げ茶色の瞳を見返す。

「なんで……?」
「……なんでって?」
「なんで、助けてくれたの……?」

 直斗が困ったように頭を掻きながら、さも当然のように呟いた。

「いや、だって……ほっとけないだろ?」





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