054.『伝えたい、その先に(2)』


 ちょうど身体を覆うくらい太さのある樹木があったのだ。結翔はそこに身を寄せながら、萠川聖が放つ銃弾をやり過ごし、隙を見計らって撃ち返す。ベレッタM92の装弾数は十五発だ、マガジンを装填する練習をしておいて本当に良かった。もっとも、いざという時、手元が狂わないことを願うばかりだが。
 対する聖のシグ・ザウエルP226は、装弾数が十五発プラス一。向こうの方が一発多いが大した問題ではない。始めから立て続けに撃っていた聖の拳銃は早くも弾切れになったようだ。聖が身を隠してマガジンを装填している間に、結翔は素早く距離を詰めて適当な物陰に再び身を沈める。上手く装填出来ないらしい聖が、ハスキーな声を張り上げて言った。

「バカじゃないの!? 正義のヒーローのつもり!? カッコ良くないから!」
「うるせえ! いいんだよ、これが男の浪漫なの!」
「バーカ! ただの中二病だろ、カッコ悪いんだよバーカ!」

 小言を言い合っている間に装填出来たらしい。結翔が隠れる物陰の付近を銃弾が通過した。狙いがかなり正確になって来ている。興奮で頭に血が上っているのに、反対に背筋は冷たく、冷や汗が滴り落ちた。
 聖が続けざまに発砲してくる。銃弾が止むの待って、結翔も身を乗り出して引き金を引いた。

「お前いっつも憎まれ口叩いてなにがしたいんだよ! なんだっていいだろ!」
「あんたみたいに中途半端に悪ぶってるやつ見てると苛々すんだよ! このクラスはあんたみたいなカッコ付けの変人ばっかり! もううんざり!」
「お前だってあいつら従えてボスみたいな面して威張ってんじゃねえかよ! 迷惑なんだよ、お前らのグループは!」
「はあああ!? あたしがいつボス面したんだよ! 勝手にあいつらが付きまとってくんだよ!」

 確かにクラスでの萠川聖と言う人物は、その長身と鋭い目つきで威圧感は半端なかったのだが、取り巻きの野上雛子や渡辺彩音に比べて落ち着きを払っていたし、馬鹿みたいに騒ぐタイプではなかった。もっともその物静かな一面が更に敬遠される要因ではあったのだが。
 そう言えば、と結翔は聖が戦闘が始まる前に言っていた台詞を思い出した。美海のことは、殺したくないと確かに言っていた。誰にでも気さくに打ち解ける美海は聖にとっても貴重な存在だったのかも知れない。結翔は、白百合美海のことが、好きだ。ならば、そう言った面で、聖と和解することは出来ないのだろうか。意味合いは違えど、同じ人物に好意を寄せる者同士、無意味な戦闘を止めることは出来ないのだろうか。
 結翔は有りっ丈の声で叫んだ。

「萠川! お前が野上たちを好いてねえのはわかったけどよ、だからゲームに乗ったわけじゃねえよな!? 本当は殺し合いなんてやりたくないんだよな!? どうなんだよ!?」
「死にたくないだけだって言ってんだろ! 生き残るしか助かる道はないだろ、あたしたちには!」
「待てよ! 他に方法があるかも知れねえじゃねえか! 諦めんなよバーカ!」
「だから! 国を相手にどこにそんな方法があるんだよ! バカはあんたたちでしょ!」
「いいから考え直せよ! とりあえず仲間集めて、色々考えて、それでもどうしようもなかったらその時に殺されてやるよ! なにもやってねえのに諦めんな!」

 いつの間にか、聖からの発砲が止まっていた。結翔は物陰を背にしつつ、小首を傾げる。また弾が切れたのだろうか。しかしいくら待っても、聖のシグ・ザウエルから銃弾が放たれることはなかった。
 諦めたかな? と、結翔は恐る恐る物陰から身体を晒した。樹木から顔を覗かせていた聖が結翔の姿を認めて、驚いたように目を見開くと、すぐに顔を隠してしまった。

「おい萠川! 今からそっちに行くからな! 撃つなよ!」
「バカ! 来るなよ、もういいよ、行けよ!」
「はあ!? 考え直したんじゃねえのかよ! とにかく行くからな!」
「あんた、本当にバカじゃないの!? あんたのこと殺そうとしたのに! バカ! バーカ!」
「うるせえ、なんとでも言え!」

 確かに今まで散々銃撃戦をし合って、未だに結翔の額には冷や汗が滲んだままだった。けれど、憎まれ口の叩き合いから始まった説得は成功したようだ。聖からは殺意をもう感じなかった。そもそも、ここに留まったときは、ただの足止めではなく結翔も最悪、聖を殺そうと考えていたのだ。それがこんな形で終焉したことに、結翔は安堵と同時に沸き上がる喜びを隠せなかった。
 木陰から聖が恐る恐る顔を出した。結翔は一歩一歩近付きながら、溜め息混じりに笑いながら、言うのだった。

「ま、俺もお前のこと殺そうとしちゃったし、お互い様ってことでさ! とにかく、白百合たちを追い掛け――」



 パパパパパパ、と、小気味良い銃声が響いた。結翔のでも聖のでもない、まったく異なった銃声が。
 横流しに結翔の身体が吹き飛ぶ。赤黒い血液が至る所に飛び散るのを、聖は呆然と眺めていた。そして、ゆっくりと、確かめるように視線を泳がせて、聖はVz61スコーピオン・サブマシンガンを手に、不敵に微笑む浅黒いシルエットを見た。菫谷昴だった。

 愕然と、聖は昴を見据えて、立ちすくむ。昴の小馬鹿にしたような不気味な微笑みが濃くなった。スコーピオンの銃口が、新たに聖をめがけて持ち上がろうとしていた。

「萠、川……」

 う、と呻きながら、結翔の苦痛に歪んだ声が微かに聞こえる。混乱する意識の片隅で、結翔の言葉をどうにか処理しようと脳が回転する。

「逃、げ、ろ……」



 聖は無我夢中で掛けだした。後方で再び、パパパパと、悪魔の音楽が流れた。昴は追っては来なかった。





10/20 PM15:17
男子十八番 目黒結翔――死亡

【残り:32名】

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