013.『殺らなきゃ殺られる(4)』
一目散に逃げて行く乃木坂朔也を見据えながら、野上雛子は荒く乱れた呼吸を整えていた。ああ、ついにやってしまったと途端に後悔にも似た感情が混み上げる。本当に怖かった、怖くて仕方がなかった。香草塔子と金見雄大の死体を見たとき、やらなきゃやられるの意味をようやく理解したのだ。
後はもう考えてはいられなかった。自分の支給された武器がボウガンだと知って、雛子は確かに思った。これならば、人を殺すことが出来ると。不意を突いて出て来るクラスメイトを襲撃してしまおうと。
けれど、自分を組み敷いた朔也が、あんなにもあっさり自分を解放したのには少し驚いた。当然、殺されると思ったからだ。朔也は誰も殺す気はないのだろうか、信じてもいいのだろうか――と、少しはそう思った。だが雛子の身体は朔也の突進を受け、きしきしとそこらかしこが悲鳴を上げていたし、雛子に痛い思いをさせたのは他でもなく乃木坂朔也であった。
雛子は投げ出されたボウガンを拾い上げて朔也を撃った。後悔などしていない、だって殺らなきゃ殺られるのだから。けれど自分の放った矢が肉を抉って、教室で見たような真っ赤な血が飛び散った時、少し息苦しくなった。罪悪感だった。
ふと、足跡が聞こえる。
雛子が振り向いた先に、デイパックを抱えた
洋佑はアニメが大好きで、いつも学校にはアニメキャラの少女が描かれた文房具を持参していた。リアルの女の子より二次元の女の子の方がよっぽど魅力的じゃないか――いつだったか洋佑が友人の
なんでこんな状況なのにヒナの前に現れるの? 気持ち悪い、許せない、気持ち悪い、存在が嫌、気持ち悪い、殺シタイ――。
雛子は躊躇いなくボウガンを構えると、わなわなと恐怖に震える洋佑の胸をめがけて、引き金を引いた。
足が竦んで逃げることも構わなかった洋佑は、凄まじい勢いで飛んでくる矢を胸ではなく、首で受け止める。カァっと、蛙を潰したような声を一瞬だけ上げて、ぱたりとその場に倒れ込んだ。そして二度と起き上がることはなかった。
雛子は変な声を上げて突っ伏した洋佑を憎々しげに見やる。朔也を撃ってしまった時とは打って変わって、人一人殺めたと言うのに、雛子の胸には罪悪感などまるで浮かんだ来ないのであった。
「……きもい」
男子十四番 桧山洋佑──死亡