062.『珈琲(2)』


「ああ、やっぱり美味いや、間宮の入れたコーヒー」

 そう言って優しそうに綻ぶ空太の顔を、果帆は嬉しそうに見つめた。

「当たり前だろ、あたし、ちょっとこだわりあるんだよ。ちょっと味は濃い目だけどさ」
「そう? 俺、コーヒー苦手だけど、これは美味いよ」
「……ありがと」

 そして果帆が、少し照れたように顔を背けるのを、空太はおやおやとおかしそうに見る。褒められると弱いらしい。学校で接する時は大方憎まれ口を叩いているので(いや、そんなところも不器用なのだが。そしてそれに空太も乗ってしまうのだが)、こうしおらしく礼なんか言われると、意外と言うか、ギャップがある。ただ照れ隠しにしても、ぶすっと表情を作り替えてしまうところは、らしくもある。
 空太は少し声を立てて笑って、こくこくとコーヒーを飲み干した。ミルクも砂糖もあまり入れていないらしいのに、苦みがあまりなくて飲みやすかった。ふわっと口に広がる香りには、とてもコクがあった。マグカップをそっとテーブルに置いて、軽く息を吐いてから果帆を見ると、空太を見守っていた果帆が慌てたように視線を外す。空太は小首を傾げて果帆に言った。

「なに、間宮?」
「べっつにー、あんたが幸せそうに飲んでるから、いいなって思っただけ」
「また飲みたい」
「今? 絶対やだ」
「うーん、まあ、今度でもいいけど」

 もっともその、今度、と言うのは訪れないだろうが──果帆が驚いたように振り返った。ほんのりと淡く、頬が染まっている気がするのは、気のせいだろうか。

「お前……まあ、いくらでも入れてあげるけど、その……そんなに気に入ったのかよ?」
「え? うん」
「言っとくけど、あたしの入れ方がいいだけじゃないから。これは豆自体がいい豆なだけだから」
「いや、うん、でも、また入れてよ」

 その時、空太の頭に、なんとなくとある有名なフレーズが浮かんで来た。この状況下では場違いにもほどがあるくらい、妙なフレーズだが。――味噌汁作ってよ。うん。コーヒー入れてよ。うん。全然違うよね。
 見るからに狼狽えていた果帆が、大袈裟にため息を吐いて空太を睨んだ。

「お前、多分素質あるぜ」
「え?」
「アキラみたいな?」
「え!?」

 道明寺晶――いやいや、自分はあんなに格好良くないし、口も上手くないし、お盛んじゃないし。いや、晶を貶しているわけではなく。
 今度はからかう立場に転じた果帆が、くすくすと笑う。納得が行かない、と言う風に果帆を見やるが、すぐに目を細めて、表情を緩めた。

「でもなんか、安心した」
「ん?」
「間宮、思ったより元気で」
「……そりゃ、お互い様だろ」

 空太は頷く。当然のように、一纏めにクラスメイトと言っても、そこには様々な交友関係があって、さすがにどうでもいい人間はいないが、接点のない生徒もいる。それぞれが親しくしている友人が、すでにこの世にいない。しかも、それを奪ったのは、間違いなくクラスの誰かなのだ。

「俺、金見も森下も、仲良いしさ、悲しいけど、……友達になったのは、中学入ってからなんだよ。でも、間宮は違うだろ? 幼なじみってことは、幼稚園とか、そんくらい昔だろ? なのにさ、俺と同じだとはやっぱり思わないし」
「別に、過ごした時間とかじゃないだろ。同じだよ、あんたもあたしも、プログラムで、大切な友人を殺された」

 果帆が少しずつ飲んでいたコーヒーのマグカップをテーブルに置く。そして、暫し互いに無言で相手の言葉を待っていたが、「聞いてくれるかな」と、果帆が語り始める。



「由絵とはさ、最近ちょっと、仲、良くなかったんだよ。ま、向こうはそんなこと思っちゃいないだろうけどな。由絵はさ、すごい、自由人って言うか……気分がはっきりしててさ、興味を持ったら一直線で、おまけに頑固。負けん気も強い。想像できないだろ? ほわんとしてるけどさ。……物心付いた頃くらいから、いつもそばにいたから、喧嘩とかすごい、した。たくさん。絶対に由絵は折れないんだけどな。それに、由絵が勝平と付き合い始めた時、あたし、面白くなかったんだ。おまけに由絵は、毎日、勝平勝平って、人付き合い悪くなったし、そう言うの、ちょっと傷付いた。美海が上手いこと取り持ってくれてたから、由絵は知らないけど、あたしちょっと、避けてた。だからさ、変な気持ちなんだよ、由絵に対しては。すげえ腹立つけど、気になって。勝手にしろとも思うけど、ほっとけなくて。でも、でも、

嫌いだなんて思ったこと、一回もない」



 俯いて、果帆は額に手を当てる。目元の辺りを隠すようにする果帆に、空太はなんと言っていいのかわからなかった。考えて、迷ってからその肩に手を触れようとして、果帆の声に手を引き戻した。

「最後の瞬間、由絵のそばに勝平がいたなら、いいのにな」

 空太はその言葉に押し黙って、もう一度なんと言おうかわからなくなって、目元を拭うような仕草をする果帆をもう一度見つめ、思い切って、言葉を発した。

「勝平、探そうよ、確かよう。それに、白百合、絶対見つけよう。小日向や和歌野も、アキラたちも。俺も、夏季たちに会いたい。な、一緒に頑張ろう」

 そして空太は、思い切ってその肩に触れた。唐突に、一ヶ月ほど前、教室で和気藹々と部屋決めや班決めをしていた、あの時間を思い出した。――荷物持ちは任せたわ! ――間宮の方が力ありそうじゃん! とんでもない、つい男勝りな口調に騙されるけど、きっと本当は、果帆は、女の子らしい女の子だったのだ。この細い肩に、力があるようには思えなかった。
 少し目を張って果帆が空太を見つめ返す。少しだけ瞳が潤んでいたが、自嘲気味に笑って、いつもの憎まれ口に戻った。

「当たり前だろ、絶対に諦めないからな」

 空太も笑んで、頷いた。
 日が暮れる前に準備はしておこうと言うことになった。買い置きしてあった水分や食料を調達して、デイパックに詰めていく。その途中で、果帆が小さな声で呟いた。



「ありがとう」





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