027.『グッバイララバイ(2)』
いつだって、見守られていたのだ。
気付くのが遅れた。ごめんね、と音にせずに囁く。
不器用に奏でられる自分の名が、今はこんなにも、愛しくて大切なのだ。
募る話しも、聞きたいことだって、たくさんあった。物好きもいたものだと卑下してしまう。だって自分が、誰かにとって、特別な一人でいられる奇跡なんて有り得ないと絶望したことがあった。誰かにとってのたった一人になりたかった。多分昔から、それだけを求めていたのだから。
けれど今は、大きな胸の中では言葉もいらないのだと、胃の中から熱いなにかがせり上がって、苦しいような切ないような、呼吸と同じように流れる涙だって、どうしようもなく満ち足りているのだから。
「怖い、弥重?」
骨太の丸っこい指先でゆっくりと睫毛の先をなぞられて、労るような仕草も温かみのある眼差しだって、厳つい彼にはあまり似合わないと言うのに、極々自然体だった。とろんと微睡んだような頬も、遠慮がちにうっすらとつり上がった唇も、全部全部、誰も知らない、自分だけの宝物。縋り付くように身を寄せて彼の筋肉質な腕の中で、世界がとろけるくらいにドロドロに甘やかしてほしかった。
弥重はふるふると首を振るい、俶伸が好きだと言ってくれた音色を口ずさむ。
「ううん、怖くなんかない、だって、あなたと一緒なんだもの。幸せよ、本当に、本当に」
闇夜で奏でる二人の秘め事。誰も知らない、二人だけの秘密。
「秋尾くん、大好きだよ」
断崖絶壁の境界線を二人きりで、思い切り蹴飛ばす。しっかりと身を抱えられながら浮遊している世界で、瞼の裏に、誰かの泣き顔が浮かんで来た。ああ、よく知っている顔だ。それほど遠くない昔に、一緒に時間を共有して共感した。乃木坂朔也を好きだった、その想いまでも。
――小桃、泣かないで、あなたに涙なんて似合わない。
本当は誰よりも力強いあなただから、どうか私のために、悲しまないで。大切な友達よ、今も昔も、いつまでも、あなたは、私の一番のお友達のまま。だから、どうか。
――もう、忘れて下さい。
海面が近付くに連れて不意に意識が遠のいて行く。けれど幸せだ。今はこんなにも愛しい人が、自分を甘やかしてくれるのだから。
ああ、小桃、みんな、水しぶきが上がる頃には、一足先に、さようなら。おやすみなさい。
(Good-bye...lullaby...)
男子一番 秋尾俶伸――死亡
女子十番 都丸弥重――死亡