045.『シロツメクサの花冠(3)』


「俺ら中学生男子ってのはさ、多分、お前ら女子が思ってる以上に、頭ん中、オンナことでいっぱいなんだよ」

 木々の生い茂る薄暗い天井を仰ぎながら、勝平が煙を長く吹き出す。小桃は勝平の忠告に性的な意味があるのを理解して、胸の中がざわめくのを覚える。

「もちろん四六時中ってわけじゃねえし、それなりの分別はみんな持ってるぜ。……けどな、今は、普通の状況じゃないだろ。譲原みたいに自暴自棄になって、そっちに走るやつが出ても、おかしくはない」

 まだまだ恋も実ったことのない小桃には、生々しい男女の現実は末恐ろしいと言う感情しかない。一丁前に好きな人がいて、その人と結ばれることを切望しても、精々空想するのはキスまで。その先はまだ未知の世界すぎて興味はあっても、気恥ずかしさやら末恐ろしさが先行して想像するのも躊躇われることだったし、性の話題は身体の悩みも含めて、同姓内では時々話に上がることもあるが、少なくとも小桃の交友関係の範囲内では躊躇なくその話題を口にする人物はいなかった。誰もが興味があっても、なんとも言えないほどの羞恥を覚えて、居心地が悪くなるからだ。
 だから、続く勝平の言葉に、小桃はこんな状況にも拘わらず少しだけ頬を染め上げ、居たたまれない気持ちを隠し通すので精一杯になった。同性同士でも恥ずかしいのだから、ましてや同い年の異性が相手ともなれば、胸を這いずり回る嫌な気分は膨らむ一方である。そして隣の美海が動揺することもなく勝平の話を聞き入るのを見て、小桃はそんな自分の方がおかしいのではないかと、焦燥にも似た気分にも駆られるのだった。
 ちらりと、勝平が小桃に目配せするのを感じた。どきりとして身体を硬直させてみると、勝平が短くなった煙草を土で揉み消して、腕を組んだ。険しい表情だった。

「信じられるかわからねえが、譲原だって、別に悪いやつじゃなかった。そりゃ、俺らのグループは多少素行が荒れてるやつもいたけど、あいつは仲間内じゃ剽軽で笑えるやつだったし、どっちかって言うと、……気が小さくて、無茶するようなタイプじゃなかったんだ。プログラムってのはさ、そんなやつでも変えちまうんだな」

 幾分話題が逸れたことで、小桃は次に勝平の言葉を頭で暗唱してみる。そして、気付くのだ。きっと、今この段階で誰よりも傷ついているのは、紛れもなく勝平であった。だからこそ、その言葉は重い。重くて重くて、受け止めるのが苦しいくらいに。

「だから、お前らが今探してる乃木坂や道明寺だって――」

 弾かれたように小桃は勝平を見上げた。勝平が、瞼をきつく閉ざしてなにかを振り切るように何度も首を振るのを見て不安がこみ上げたが、その先を続けることはなかった。

「いや、なんでもない。けど、用心しろ、油断するな。特に白百合」
 咎めるような強い眼差しを受けて、美海の背筋がキリリと締まった。
「昨日のあれ、俺だったから何事もなかったんだと思え。いいな? お前は隙がありすぎるんだ、付け込まれるぞ」

 美海は面食らった面持ちでなにか言い掛けようとして、すぐに口を噤んでから、観念したように頷いた。小桃は押し黙った美海の黒目勝ちなその瞳に、哀しみを見て、思わず眼を張った。
 そんな彼女の様子に気を遣ったのか、勝平が険しいままだった表情を少しだけ綻んで、美海の柔らかなピンクブラウンの髪を、優しく掌で打った。

「そんな顔するなよ。……由絵と同じ目に遭ってほしくないだけだ、お前には、そんなことになったら、死んだあいつが悲しむから」

「……うん。ごめんね、勝平くん、言いにくいこと言わせちゃって」
「いや、こんなことしか言えねえから、俺は。……佐倉も、気を付けろよ、頼む」

 小桃は二人を見つめながら頷いた。自分はともかく、確かに美海はその優しさが隙を作っているように感じた。助けてもらってばかりでは申し訳なくて、小桃は秘かに胸の内で、そんなことになったならば、そうなる前に、彼女を守ってあげたいと誓う。多分、自分が同じことになったら、美海はあらゆる手を使っても自分を守ってくれるはずだから。そう言う人だから。
 頭上で小鳥のさえずりが聞こえた。モズと言う鳥だ。キーキキキキキとさえずる声を聞きながら、三人は再び荷物を手に立ち上がる。これから向かう農家に、信用できるクラスメイトがいることを祈って。





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