068.『透明な罪にしなだれて(3)』


「間宮さん、本堂くん、出てらっしゃいよ、一思いに殺してあげるから」



「榎本……」

 果帆が憎々しげに呟く。
 雑草を踏みしめながら二人の傍らに歩み寄ってくる榎本留姫は、うっすらと微笑んでいるようだった。もっともそれは、空太にはとても邪悪な黒い笑みに見えた。学校生活では大人しくて、あまり喋らない榎本留姫。朝比奈深雪(女子一番)都丸弥重(女子十番)といる時でさえ、あまり笑っている場面を見たことがない。だから余計にそう感じるのかも知れない。すごくすごく、異質であった。その微笑も、真っ黒なジャージも、右手から伸びた拳銃も、いや、榎本留姫、そのものが。
 おい、と果帆が空太を呼んだ。空太が目配せすると、果帆が左手の平を広げて、ぐっと地面に押し下げる。初めはよくわからなかったが、ここを動くなと言う意味らしかった。そして、空太がそれを理解した途端に、果帆がレディスミスを構えたまま、立木から身を晒け出した。制する間もなかった。

「間宮さん、残念だわ、その程度の傷しか付けられないなんて」
「残念? そりゃ、いい気味だな」

 留姫の微笑に釣られるように、果帆もまた、口の端をにやりと吊り上げる。緊張で皺の寄った眉間と、細められた切れ長の瞳を見て、空太は思った。――あの傷で、なんて無茶をする女の子なんだ!

「言っとくけど、あたしは最初から、あんたは怪しいって踏んでたんだ。金見と香草、殺したのはあんただろ?」
「だったらどうだと言うの? その銃で私を撃つ?」

 果帆は少し押し黙って考えてから、ややあって、ああ、と答えた。

「撃つ、殺す、刺し違えてでも殺す」

 その衝撃的な言葉に、空太は信じられない気持ちで果帆を見た。果帆はぐっと顎を引いて、下から睨み上げるように留姫を見据えている。けれど、レディスミスの先が少し、小刻みに震えているのだった。血を吸った藍色のガーディガンの裾から、ぽた、ぽた、と血が落ちている。

「そう。でも殺せるかしら、あなたに。その銃だって、まだ使ったことはないのでしょう?」
「余計なお世話だ。さあ、答えろよ、榎本、誰があの二人を殺した?」

 分校で滅多刺しにされていた、金見雄大と香草塔子。果帆は初めから、雄大の一つ前に出発した榎本留姫を疑っていた。物静かな留姫の性格だとか、雄大との体格差だとか、疑問点はあったけれど――先ほど手榴弾で二人を襲撃し全身に返り血を浴びている留姫と、その疑問を埋めるパーツが、もはや空太の中でもぴたりと合わさっていた。



「私よ。初めに支給されたナイフでね、後ろから襲ったの。金見くんは即死だったわ、首を切ったから。香草さんは、まだ生きていたようだけど」

 空太は胸の奥から、沸々と蠢いたなにかが、徐々に押し上がって来るのを確かに感じていた。続く果帆の問い掛けと、それに答える留姫に、空太は込み上げるなにかを抑え込むことが出来なくなりそうだった。

「その武器は、誰のだ?」
「手榴弾はね、香草さんのものよ。この銃は、トカレフと言うのだけど――森下くんの」

 あの穏やかな森下太一を殺したのも、榎本留姫――気付けばデザートイーグルを取り出していた。空太は拙い構えであったが、精一杯両手を伸ばし、留姫の前へ躍り出た。

「森下も殺したのか、榎本!」

 顔面を歪めて、空太は吼える。果帆が焦ったように空太を制すが、空太は聞かなかった。留姫がちらりと空太を盗み見て、ゆっくり顎を引いた。

「そうよ。本堂くん、ついでにもう一つ、あなたに教えてあげる。この血はね、関根くんのものなの。彼もう、死んでいるわよ。私が殺したわ」

 込み上げるものの正体がわかった。これは、怒りと憎しみだ。空太は激情に任せて、デザートイーグルの引き金を引いた。





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