052.『やる気がないなら、逃げて(2)』
じりじりと、銃口の先が、美海の胸元に向けられている。
「マリアちゃん、どうして……」
「まだ死にたくない、それだけだよ、あたしは」
言いながら聖の拳銃が美海の足下めがけて発砲された。驚いて退いた美海の身体が崩れ落ちるが、銃弾は草や土を抉っただけで美海に当たることはなかった。
「白百合さん!」
小桃は尻餅を付いた美海の華奢な肩に手を掛けながら、聖の切れ長の瞳の奥に、言葉に形容しがたいジレンマのような痛みを垣間見た気がした。
後ろにいた結翔がすぐさまベレッタM92を構える気配がしたが、聖の怒声によって動きを制される。
「動かないで! 美海を撃つよ!」
シグ・ザウエルの銃口が、今度こそしっかりと美海に向けられていた。美海が身体を前に屈めて真っ直ぐに聖を見据える。腰に差し込んだチーフスペシャルには、決して手を掛けようとしなかった。
「マリアちゃん、こんなことやめよう。友達じゃない、一緒に解決しようよ」
「どうやって解決すると言うの? お国が相手なんだ、無理なことに決まってる」
それは、確かに正論であった。だが。唇を噛み締める聖の、真っ直ぐに定められたシグ・ザウエルの銃口が、微かに震えていた。生き残ると言う決意と、クラスメイトを殺害すると言う迷い、そのジレンマが、にじり寄っていた聖を、後退らせる。
ゆっくりと小桃に支えられながら美海が立ち上がった。聖は少しずつ退きながら、弾かれたように下がり掛けていた拳銃を持ち上げ、引き金に指を掛けながら言った。
「美海、やる気がないなら逃げてよ。あたし、あんたを殺したくない。逃げてよ、あたしの追い付かないところまで、全力で逃げ切ってよ」
「……下がって」
ぼそりと、美海が呟いた。
「え?」
「下がって、後ろに! 走って! 逃げて!」
美海が小桃の肩を押した。目を見開いた結翔が力強く頷き返した美海に従って、元来た道を駆け抜けて行く。小桃も弾かれたようにその後を追った。しっかりと、肩を押して来た美海の腕を捕まえて、ほとんど引きずるようにしながら一目散に掛けだした。
後方で銃声が響く。前を行く結翔が立ち止まり、小桃たちを先に促しながら聖を威嚇するように発砲する。すぐに聖も打ち返して来た。二種類の銃声を後方に聞きながら、小桃は、とにかく走った。その手は決して美海を捕らえて離さず、前だけを見据えて、懸命に走った。