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ジャンル入り混じります。ご了承ください。
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The last final 〜寝物語〜
(ロキド) 2013/04/13

「どうした、眠れないか?」

日付を超す間近になり、キッドはトラファルガーに促されるままベッドの壁際に寝そべった。
最近では慣れたと言うよりも諦めてこの現状を受け入れていたキッドだったが、今晩はどうにも素直に目を閉じる気になれずにいた。
普段はすぐに壁の方を向いてしまうのに仰向けのままそう高くもない天井を見る。
そんなキッドにトラファルガーはベッドに腰掛けた格好で問いかけた。
そうだとも違うとも言葉返ってこなかったが、様子を見れば眠れそうにないことは明らかだった。
これまで頑として背を向け、眠れずとも硬く目を瞑って長い夜をやり過ごしていた男が珍しいと、トラファルガーは思う。

「つい今まで夏の日差しが差していたと思えば行き成り雪がちらつく」
「…は?」
「そんな海を航海していた」

突然喋り出す男の背に、キッドの疑問符が飛んだ。

「航海には、先を示す指針…記録指針、永久指針が不可欠でそれを頼りに航路を決めて島から島へと渡って行くんだ。その道中にどんな厄介事があろうとな」
「厄介事…?」
「天候もだが、他の海賊船や海軍との抗争、海王類…島に上陸しても海軍や賞金稼ぎに追われもする」
「船って、やっぱりでかいのか?」
「そうだな。ただ、おれの船は潜水艦だ」
「…へぇ…」
「想像がつかねぇか?ふふ…まぁ、口でも説明は難しいけどな」

トラファルガーは思い返す様に目を閉じ、今日になるまで元の世界に帰るすべを見つけていられないことへの焦りを募らせる。
船長が居ない、指示も残していない己の海賊団がどうしているのかが気がかりでならなかった。

「……お前さ…」
「うん?」
「海、恋しい…とか?」

キッドの声に少しだけ背を振り返ると、しおらしくした顔が見えた。
どこか声も頼りなさげで、そんなキッドを見たトラファルガーは一度呆けて、そのあと肩をすくませてクツクツと笑う。

「クッ…フフフ…!」
「なっ!人が真面目にッ」
「わかってる、悪い悪い…クックックッ…ああ、そうだな…海が恋しい。ここじゃ潮の匂いも届かねぇし海と空の混じる地平線なんかも見えやしねぇからな」

トラファルガーが再び背を向ければ、皺を眉間に寄せるキッドの不満顔は見られることはなく。また、今も喉の奥で笑っているトラファルガーの表情も見られることもなかった。

「海……!」
「どうした?」
「あ…いや、…海、行ってみっか?」
「…海があるのか?」
「近くはねェけど…。電車乗って行けば1時間ちょい?」
「いつ行ける?」
「え、あ…次の休み…とか」
「そうか」

今度は身体ごとキッドへ向き直ったトラファルガーが口元に笑みを見せる。
キッドがさっき言いかけて止めた言葉は、トラファルガーの中にもあったようだ。
『海に行けばなにかあるかもしれない』
それを胸に、今トラファルガーは期待感を膨らませていた。

「…そんな、海が好きかよ」

キッドはぽそりと言葉を零した。そして言ってしまってから迂闊さに後悔する。
トラファルガーの視線から逃げるように目を逸らした。

「どうだったか…忘れたな。ただ、海には嫌われてる」
「…?」
「おれはカナヅチなんだ。海に入ると体の力が抜けて、全身が浸ると抗うことも出来ずに沈んでいく」
「…泳げねぇのか?海賊なのに」
「偏見だな。まあ…海に出る以上は泳げた方が身のためだが。おれは泳ぎ方を知っていても、泳げずに沈んでくのさ…海に嫌われっちまったからな」
「意味、わかんねぇんだけど…」
「瞬きせずによく見ておけ」
「は?…おわ!?ッ!?」

キッドの揺れた視界に、さっきまで自分が頭を乗せていたクッションが映る。
一瞬の間に頭の下から抜けたクッションの嵩が減り、キッドの頭が直接シーツへと落ちた。一瞬で消えたように思ったクッションは今はトラファルガーの手に乗っていた。

「手品…!?」
「能力、と言ってもらおうか。これが…これだけじゃないが、海に嫌われてカナヅチになる代わりに手に入れた能力だ」
「い、意味わかんねェ……!」
「お前の手足をバラすこともできるぞ?して見せようか」
「!?」
「なに…死ぬことはねェさ、多分な。ただ世界が違うって言うのがどう作用するか分かったもんじゃねえからなァ…近い場所の物の移動はできるようだが」
「お、おまっ」
「冗談だ。お前に死なれたら困るんでな…確証のない実験台にはしない」

キッドの反応に面白そうに笑いながら枕を返しトラファルガーはさっさと電気を落とす。
返された枕を不審そうに見て触れていたが、いきなり電気が消えると少しだけ驚いた後にもそもそと寝る体勢を整えた。

「…眠れないか?」
「寝れるわけねェだろッ」

トラファルガーに言わせれば『能力』、そんな変な能力を見せられた後にころりと眠れるはずもなく、語気を荒げるキッドに対して笑いを含ませた声がする。
文句の為、思わず壁に背を向けた躰に長い腕が乗った。

「あッ…」
「おやすみ」

鼻先に男の温もりを感じる。
向かい合った躰が眠りを迎えるのはまだまだ遠そうであった。



---------------
閑話






The last final 18
(ロキド) 2013/04/06

躰を重ねたのはあれっきりだった。それでよかった…むしろもうそう言う行為を重ねたくなくておれは敬遠していた。
彼相手におれがいくら間合いを取って身を固くしようと、きっとその気にならずともやすやすと手を出すことは簡単だろうけど。
『借りはその都度返した方がいいだろ?』
そう言って口を重ねた男はその夜、不敵に笑って言った。
『"ロー"が恋しいならいつでも躰を貸してやるぜ?』
傷からの熱で火照った躰で迫ってくる彼を押しのけて『そういうつもりはない』と剣幕を立てるおれを見ても瑣末にも捉えず、顔を寄せてきた。
パシン、と乾いた高い音が掌から鳴る。彼の頬を這った手がじんと痺れ自分の起こした衝動に気が付いた。
『あ…』咄嗟に、やり返されると危惧しながらも、しかし謝るのもおかしい気がして言葉が続かなかった。そんなおれに彼は鼻を鳴らすとゆっくりと身を引いていった。
『うわっ!?』近かった躰が遠ざかって行き、気まずくとも少しほっとしたのも束の間、すぐに腕を引かれてベッドへと突き飛ばされる。
躰を貸すなんて言いながら強硬手段に出ようとでも言うのか。彼の行動に慌てて抵抗すると熱く、重い躰がのしかかった。
『もっとそっちに行け』
『なにっ』
『おれが寝れないだろ』
ベッドに乗り上げた脚でおれを端へ押しやって隣りに入り込んでくる。
セミダブルに大人、それも体格のいい男が2人はとてもじゃないが狭い。
『お前1人で…っ』
『お前はどこで寝る?』
『おれ…は、いいから!退けって、手ェ離せよ!』
『良くねぇな。風邪を引かれちゃいい気がしねェんでね。どうせほかに布団もないんだろ?それともおれを床に寝かすか?』
『〜〜…!』
『多少の寝返りは気にしねぇさ。とっとと横になれよ…おれも流石に疲れてるんでな、早くしてくれ』
『…電気』
『おれが消す』
腰かけていた腰を浮かせてトラファルガーが電気を消す。その間に壁の方を向いて横になる。
電気が落とされて闇に包まれた部屋に絹擦れの音だけが目立った。
ギシっと音を立ててベッドが沈む。トラファルガーが隣に身を横たえたのが気配で分かった。しかも、おれの方を向いている。
『……、おい』
『仕方ないだろ。仰向けかそっち向くしか出来ねぇんだ』
なら素直に仰向けで寝ればいいのにと、悪態をつきたくなった。傷のある肩を下にしては眠れないだろう、かといっておれとトラファルガーの場所を入れ替わると、仰向けになったりおれが寝返りを打ったりすれば傷に触ってしまう可能性もあった。
身じろぎするのも憚られる窮屈さに眠れそうもない。なによりトラファルガーの体温が背中に伝わってくるような気がして、吐息が側で聞こえて落ち着かない。
ただじっと壁を見ながら身を固くしていると、小さく、吐息で笑う音が聞こえた。
『眠れ』
ベッドが少し揺れる。トラファルガーが仰向けになったのだろう。
『部屋の中で起きて動き回られる気配があるとおれが落ち着かねぇ…、いっそこうしてる方がマシなんでな。大人しく…寝てくれ』
闇になれた目がぼんやりと部屋の輪郭を映す様になる。そっと躰を起こして隣りの男をみると目を閉じて緩やかに胸を上下させていた。




あの夜、ベッドを揺らさないようにゆっくり躰を戻して、冴えて眠れそうにない目を無理に閉じた。
男の微かな呼吸音を聞きながら、ローと同じように狭いベッドで寝ていたことを思い出していた。
足を絡め、身体を触れ合わせて眠った夜はもう2度と―――

「寝るぞ」
時計を見た男が読みかけの本をパタリと閉じた。おれを気遣っているのだろう、夜は日付の変わる前にベッドへ促す。
数日経った今も同じベッドで寝ていた。布団を買ってしまおうかと思ったがトラファルガーが要らないと言ったのだ。「おれが元の世界に帰ればもて余すことになる」と言いくるめられた。
その時は、そうだな…と思ったがこう寝る前になるとやっぱり買った方が良かったんじゃないかと思う。
いつまでこの男がいるのかわからない今、せっかく布団を揃えた日にふつりと居なくなる可能性も、このまま一月…もしくはそれ以上いる可能性もあり悩まされるままだ。
「寝れねぇことはないんだ。余計なものが増えなくていいと喜べばいいだろ?」
まだぐずってんのか、と男が笑う。
「おれは文句ねェと言っている」
「おれはあんだよ」
「拾いモンをしたのはお前だろ」
「……」
「フフ…」
腕を引かれベッドへ押し込まれる。電気を消した男はもう傷を庇うような仕種は見せず躰全体でベッドの端へ追いやられた。
「たまにはこっちを向いて寝ろよ。躰が凝るぜ?」
「…」
「…ハァ」
「なっ!?」
「腕のやり場がねェんだ、貸してくれ」
傷のある向こう側の腕がおれの躰に乗せられる。トラファルガーに背中から抱きしめられるような形になり、背中にトラファルガーの胸元が触れた。
「折角拾ったんだ…手の中にある内は好きに使えばいい。言っただろう…おれはローじゃないが、いつでも貸してやる」
囁かれる甘い言葉が耳を擽る。背中に伝わる熱が恋しがる気持ちを呼び覚まそうとする。
「おやすみユースタス屋」
目を開けているのか、閉じているのかわからなくなるような闇に声が融ける。
違う男だと分かっているのに。
この男はおれを少しも想っていないのに。








The last final 17
(ロキド) 2013/04/04

数日間を共にして、あんなに似ていると思った筈の彼を「そうでもないんだ」と思いはじめた。
あの日、彼を拾った日。似ているんではなく、おれは本当に『あいつ』だと思った。帰ってくるはずは無いのに、再び会うことなんて出来るはずないのに容姿がまったく同じ彼を見て浅はかに期待をした。

「おい」
「っ、んだよ…」
彼とあいつが似ていないと思うことの1つとして、いまだ慣れないこの距離だった。
おれ自身、身長があるので友人知人で目線の合う奴も少ない。自分が視線を下げることがあっても見上げることなんて滅多になかった、のに。
「この本は読んでもいいのか」
「ああ…勝手にどれでも読めよ。その辺のはローのだし…」
別の世界から来たらしいこのトラファルガーは、俺よりも幾分か背が高かった。
おれの知るローはおれよりも10cmくらいは低かったのに、同じ声がほぼ真横からそして振り向けば真っ先にかち合う目線がとても奇妙に思えた。
「…?なぜ視線をそらす」
「別に…、っちょ…や!」
「フフ。コーヒーを淹れてくれ…今のは礼の先渡しだ」
強引な手に顎を掬われて唇が重なり合う。硬く引き結んだおれの口をやんわりと食んで離れていった彼は唇をニヒルな笑みを乗せていた。

彼との生活は付かず寄りつかずだった。トラファルガーは基本的に無駄に動きもしなければ喋らなかった。この世界のことを度々、二言三言尋ねるほどで。
おれも最低限距離を置いて聞かれれば答えるに徹する。居心地がいい物ではないが、声に、雰囲気に、そこに居る気配に少しだけ安心していた。
ローが死んでから、ローのことを忘れるのが嫌であいつが読んでいた医学の本や辞書を本棚に並べていた。勉強に使っていたノートも数冊…本やノートから飛び出る付箋や、あの頃読んでいたハードカバーの小説に挟まれた栞が日々挟まる頁を進ませていくのを見るのが楽しみだった。
それらを今、彼が手に取り眺めている。組んだ足に本を支える手を預けて視線を上下させる。時折淹れてやったコーヒーをすすり、また頁を捲るそんな仕草の1つ1つ。
ローと重なっても、どこか違った。


このトラファルガー・ローはおれを好きではないのだ







The last final 16
(ロキド) 2013/03/28

ぐるりと肩を回すと、それを見ていた男は物を言いたげに顔をしかめた。可笑しい奴だ…自分の躰のことではないのに何故そうも心配できるのか。
縫合して4日経った傷は動かせば突っ張るがこの程度動かしたところで開くことはないだろう。"治った"と言うことにしてここしばらく傷を覆っていた包帯やガーゼを取り払った。
固定してた煩わしいそれらから解放され、再び肩を回せば凝り固まった筋肉が解れるような気さえした。
「そんな顔をするな。もう傷は塞がったって言ってるだろう」
「あんなに深い傷がか?」
「柔な躰には出来てねェんでな。下手に縫っても治りは早いさ」
「…」
「冗談だ」
男は余程、自分の施した縫合を気にしているようだが見目はどうであれ傷は付いたのだ。それ以上に望むのもがなければ傷が残って惜しい躰でもない。現に消えない傷は至る所にあるのだ。
「仕事に遅れるんじゃないのか?」
「ああ…」



あの男に世話になるとなってからこの世界のことを聞いた。元の世界よりよっぽど平和で、秩序に塗れている。自由に海賊をやっていた己としては退屈で、不自由に感じた。
けれど、自由の為にもルールや縦社会に居たおれは柵(しがらみ)の中に居るのと変わらなかったか。
この世界に来て1週間近くなる。はじめの2、3日はともかく、この数日は男の部屋に篭もりっぱなしだった。傷による熱はすっかり引いたが満足に動かない腕に、武器が持ち歩けないとなれば大人しくしているに限る。
男はここに1人で暮らしている様だがそのためにも稼がなきゃならないのは当然で、おれがここに身を置くことにした翌日もおれを気にしながら仕事へと向かった。故に日中は1人で過ごすことになる。
ここを出て行く、そんな気は今はない。テーブルに置かれた銀色の鍵はこの部屋の鍵だと言って男は置いて行った。探索に歩くなら…と言うことだろう。
それでおれがここに帰ってこなかったとして、あの男はどう思うのだろうか。…考えて、止めた。
数日で見慣れた男の表情はいつだっておれに似た男を焦がれ、おれの中のそいつを見ている。期待を滲ませる。そして失望して悲しげに目を伏せる。
おれがいることで苦しむくせに、おれがいることを喜んでいる男を見るのが心地よく思えた。








The last final 15
(ロキド) 2013/01/05

鏡に映る傷を縫うのは普段と勝手が違い過ぎた。距離感も掴むのが難しく針を刺すのに迷いが出る。
これが他人の傷ならば正確に素早く縫い合わせることができるのに。
自分の躰なら多少歪になろうと構わないが、針が傷から近すぎ、遠すぎるのは流石に拙い。傷もちゃんと付かない恐れも出るだろう。

「…っ、…、〜…」
「……おい。いい加減にしろ…気が散って仕方がない」
ただでさえ熱に散らされかけている集中力が、向かいで鏡を持つ男の息を飲む音や度々歪む表情に余計に邪魔をされていた。
口に含んでいたタオルを吐き出して溜息を吐くと、罰が悪そうに男の視線が泳いだ。
「い、痛そうで…」
「そう思うなら見るなと言っただろう。わざわざ見ていてもらわくてもいい」
乾いた目を癒そうと目を閉じる。途端に瞼の裏で光が破門状に揺れた。
実際、痛みには強い方だが傷に腫れもあるからか針や糸が皮膚を通る痛みは強い。
舌を噛まないようにタオルを含んではいたが、傷に集中しているからか無意識に歯を食いしばっていたようで顎が疲れている。
「それとも縫ってみたくてそんなに見ているのか?」
「!?違っ…」
「そうか?」
この男はどうにもからかい甲斐がある。傷も傷を縫うのを見るのも恐ろしいのだろうに目を逸らさずにおれの手元を見ていた。
何故か自分が痛みを感じているかのように顔を歪めながら冷や汗をかきながら…泣きそうにしながら。
「お前がやってくれるならそれがいいと思ったんだがな」
冗談半分、微かな望みで半分…言ってみて、フッと自分で笑いが込み上げた。再びタオルを咥えピンセットで針をつまむが取り落としてしまう。集中力は完全に切れてしまった今、後は気力だけだった。
辟易した気分になりつつ落とした針を取りなおそうとした、熱のせいで熱いおれの手を緊張からか汗ばんで冷たくなった手が掴んだ。
「……っ、どうなっても、文句は言うなよッ」
目を吊り上げて、男はおれの緩んだ指からピンセットを取り去りそろりと針を掴む。
経験も自信もないのに見兼ねたのだろう。どうせ自分でやったとて満足に縫えやしないのだから申し出はありがたい。
「ああ…言わねェ。傷が付きさえすりゃいいさ」
少しつつけばムキになるのも、覚えのあるあの男そのままだ…。
緊張で色の無い頬に汗を滑らせる男はぎこちなく傷口に針を構えた。おれは逆の手で鏡をかざし傷を映す。男の手元が針先を迷わせているのを見る。
「もう少し傷の方でいい…ああ、そのあたりだ。おれが痛いのは今更だから気にせずに縫え。…だが布を縫うんじゃねぇんだ、刺し直しは勘弁してくれ」
「ふ…ぅ…うぐっ…」
「糸はまだ引っ張っていい。多少斜めになっても気にするな…上手くなくて当たり前だ」
意を決して針を潜らせる男はその感触と触れれば動く肉に呻きを上げた。
糸を引けば遊んでいた傷口が少しずつ合わさり閉じていく。
「焦るな。ゆっくりやればいい」
「…、…は……」
「息はしろ…酸欠になるぞ」
細かい作業をやっているからか無意識に呼吸を止めているらしく、一針毎に細い溜息が聞こえてくる。
あと3針くらいでいい。そう言えば男は黙って頷き額の汗を拭った。


「…ッ、はぁ、…これで、いいんだろ…?」
「ああ、上出来だ」
震える指を叱咤し、根性で傷口を縫い上げた男は汗でも目に入ったのだろう。目を赤くさせ潤ませていた。
余程緊張していたのか、縫合が終わった途端に頭をうなだらせ座り込んでいる。
まるで大手術後のようだが…まぁ、仕方がない。小さな傷ならともかくなれない人間には酷だったのかもしれない。
「へたり込んでいるところに悪いが、まだ手を貸せ」
包帯を巻いて暫くは安静と言ったところだ。男は泣きはらしたような顔を上げて最後の一仕事に包帯を巻いて行く。
「きつくねぇか?」
「丁度いい。包帯を巻くのは上手いな」
「……悪かったな…変な縫い方して」
返した言葉は皮肉と取られたらしい。自分なりの礼のつもりだった言葉だが、伝わらなかったようだ。
ふい、と視線を逸らされたことに胸のつっかえを感じた。
「アァ…それにしてもお前には借りが出来過ぎるな」
「別に借りとか……、ちょ…おいっ」
男の腕を取り引き寄せて躰を近寄らせると焦ったように掌が胸を押し返してきた。
「借りはその都度返した方がいいだろ?」
「ッ、…そういうのは、いいっ……もうあんなことしな…!」
煩く拒む口を身を乗り出して距離を詰めた唇で塞ぐ。すぐに背けようとする顔を、顎をとらえることで止めて硬く閉じる唇に舌を這わせた。
「ンッ…ぁ、ふぅっ…」
暫く抵抗して見せていたがそれも緩み、隙間から舌を割り込ませる。口腔を探り唇を食んで唾液を混ぜる。
胸を押していた手も今は添えているだけで、その手はいつまでも冷え切ったままだった。
「ンン…」
「暫く厄介になるんだ…礼はこれしか出来ねェが頼むぜ…ユースタス屋」
互いの瞳を覗き込むように間近に顔を寄せる。
ぎゅっと眉間に寄る皺に閉じる口元が不服さを物語っていた。








The last final 14
(ロキド) 2012/12/29

ぐらりと傾きそうになった躰を慌てて抱きしめて、なんとか倒れ込むのを防ぎながらずるずると一緒に座り込んだ。
「…ロ…、トラファルガー…?」
「……平気だ」

家までの道のりはとくに話すこともせずに帰ってきた。肩をかそうかとも思ったがスタスタと自分で歩く彼に余計な気遣いかとも思ったが、玄関に着くなり彼はふらついて、その躰を支えきれなかったおれと共に膝をついた。
「怪我、あのままなのか?」
「治療するにも手がなくてな…自分の船ならどうとでもなるんだが」
帽子を脱ぎ捨てた彼の顔色は青く、冷たい汗が流れている。やっぱり病院へいかなければまずいんじゃないだろうか。
あのときはなんとか消毒して包帯を巻いてはやれたが、直視するのも躊躇う程の傷が肩に出来ていた。
「水、浴びれるか?」
「…バスルームはそこだ。風呂入るのか!?」
「血を流して、躰を冷やしたい…。湯を沸かしててくれないか?」
「は?」
「鍋にでもなんにでいい…それと針と糸あるか?純度の高いアルコールもあれば…」
「なに、すんだ…」
「傷を縫う」
服を脱ぎ捨ててバスルームに入って行った背を呆然と見送る。包帯が全体的に赤茶に塗れているのを目に止めてしまえばゾッとしたものが背中を這った気がした。
おれには考えられないことを今からしようとしている彼に信じられない気持ちになるが兎に角、湯を沸かして裁縫用の針と糸を探す。そこで、ふと…ローの遺品の中のものを思い出した。

「タオルを汚すことになるが」
「ああ…そんなの構わねェけど」
着替えとタオルを出しておいたらトラファルガーはそれを使ってバスルームから出てきた。タオルで重傷の肩を押えているところを見るとまだ血は止まっていないらしい。
ドサッとおれの向かい側に腰を下ろして、テーブルに並んだものを見た。
「…お湯は沸かした。あと…針と糸は……これ、使えるのか?他には裁縫用のしかねェし…」
「これは…なぜこんなもの持っている?」
「ローは医者を目指してたんだ。練習用って言ってたけど、それはこっちで、これがまだ開けてないやつ。」
「そうか…ふふっ廻りあわせとでもいうのか?面白いな」
「何が?」
「おれは医者だ。海賊の船長でもあるが船医でもある」
縫合セットを開けて見ながらトラファルガーは目を細めて笑った。言っていたように水を浴びたからだろう、相変わらず顔色は悪いがここではじめて本当に彼が笑った顔を見たような気がした。
「ありがたい、これを使わせてもらう。これを熱湯に暫く漬けてくれ…それからアルコールはあったか?」
「消毒薬じゃダメか?アルコールはそのためだろ?」
「ああ、それがあるならいい。ここは得体のしれねぇ熱帯でもジャングルでもないからそうそう危険ではないだろうしな」
それからトラファルガーに指示されるまま従い、熱殺菌した針と糸は殺菌した皿の中に注いだ消毒液に浸した。トラファルガーは環境が悪いわけではないからそう神経質にならなくていいと言ったが、テーブルや自分の手指も消毒液で拭き上げる。
「…お前、大丈夫か?」
「何が?」
「傷を見れるか?」
タオルに覆われた下が、あれからどうなったかわからない。治っている方向には考えられない…変わらないか、悪化しているかだ。
しかしトラファルガー自身が見るには難しいだろう。それどころか縫うことすらも……
「…見せろ」
「安心しろ。まだ腐ってはねェ」
神妙な顔で言うおれがおかしかったのか、トラファルガーは不敵に笑いタオルを除けた。赤く腫れた傷の周りから、てらてらと裂けた傷口が覗きじんわりと赤を滲ませる。出血は治まりつつあるのかもしれないが体液はゆっくりと流れだしている。
「ぅ…わ…」
「どうした?」
「…っ、う……」
「アァ、骨でも見えたか?バカだな…気持ち悪いならじっと見るな」
顔を背けたおれを見ていよいよ楽しげに笑いだす。口元を隠しクックッと肩を揺らした。
「〜〜〜、腫れてる、けど…膿んだりはしてねぇと思う…多分。血、出てるけど…一昨日よりは…」
「ならいい…悪いな」
思いっきりやれ、と言われキャップを根本から開けた消毒液を傷口に流し周りも拭う。
見るだけで沁みて強烈に痛みそうなのにトラファルガーは顔色も変えなかった。
「さて、緊張も解れた…鏡を持ってるくらい、できるな?目を閉じておくなり、顔を別な方に向けておくなりしててくれ」
「…本当に自分ですんのかよ…麻酔も、ねぇのに」
「するさ。麻酔なんてモノ、めったに使わねェな…多少の傷に使ってられる程の優しい海じゃねぇんだ」
おれと鏡の位置を調整すると、トラファルガーは口にタオルを咥え針を取る。
ふ、と一度鼻から息を抜き、皮膚に針を潜らせた。







The last final 13
(ロキド) 2012/12/28

伸びてきた手にびくりと躰を引くと、一瞬その手は止まりそれでも再び差し伸ばされる。それが目尻や頬に触れたのに驚き見上げると眉間に皺を寄せムッとした顔が帽子の影から窺い見れた。泣くな、と口が動いたような気がする。
「おれは、この世界で死んだトラファルガー・ローの霊でも、生まれ変わりでもないつもりだ。だが、トラファルガー・ローだ。」


「手を貸してほしい」

噛みあったままの視線は外されることなく、トラファルガー・ローは言葉を続けた。
「もし、魂と言うものがあっておれと、ここで死んだトラファルガー・ローのそれが同じであったとしても…生きる環境が違えば人は変わる。お前が恋しいものはわかるが、理解しろ…おれからは与えてやれない」
それでも、と抱きしめられる。耳元で囁かれる甘言は不毛で躰を抱きしめる腕は虚実を物語るようで。
「"トラファルガー・ロー"をおれに譲れ。お前の邪魔はしない…ただ暫く匿ってくれればいい。この世界で、頼めるのは…お前だけ、……だ…」
「…?」
抱きしめられ触れ合っていた躰にずし、と彼重みが掛る。辛うじて背中にまとわった腕の力は弱くなるばかりで思わず彼の背に手を回した。ふ、と熱い吐息が耳に掛り、触れそうな程近い生身どうしの首にじんわりと熱が伝わってきた。
「……おまえ、もしかして熱が…」
「…ああ…傷から…、…フフ。お前が…助けてくれなかったら、おれはこのまま死ぬだろうな」
「ッ…!?」
「どうする?死んだ恋人に似ている男を…見捨てて、勝手に死ぬのを…まつか……それも、おまえの…かってだがな…まぁ…助けても、おれは恩を仇で返すような…海賊だ」
ぜぇ…と肩を大きく揺らすほど呼吸も苦しいのだろうに皮肉を交えた言葉を止めない。
彼を見捨てれば再びローを殺してしまうことをさす様な暗示をするくせに手を貸せと言っておいて、助けたくなくなるようなことを言う。
「……どっちにしろ…お前にはきっと後悔させるだろう」
悪いな。
「くそ…やろぅ……ッ」
噛み締めた奥歯がキリリと鳴る。彼が倒れないようにただ添えていただけの手に力を込めて強く抱きしめた。笑ってるのか、クツクツと喉が鳴るのを聞いたが今はどうだっていい。
「もう少しだけ、自分で歩けよ」
「…ああ。」
「病院は…」
「…面倒事になりそうなら、よしてくれ」
抱き合っていた躰を放して、彼は一度頬に流れた汗を拭っただけで平静を装っていた。
少しだけ息が上がってること以外、先ほどのしおらしさなど微塵もなく呆気にとられる。おれをそそのかすための演技だったのかと疑ってしまいそうだ。

でも、どうせ失ってしまうとしても。後悔しても…救わずにいるなんてことはできなかった。








The last final 12
(ロキド) 2012/12/25

目を覚ますとやっぱり彼はいなかった。

泣いて涙のせいか頬が突っ張っているような感じがする。それを手で擦りながらベッドから這いだした。
押し倒されたのは床の上だったが、彼が寝かせてくれたのだろうか。散らばった自分の服と、無くなっているシーツに気が付く。彼が持って行ったのだろう…刀を隠すために。
勝手に持って行かれたことに怒りが湧くわけでもなかった。逆にホッとしてしまう…少しでもあれで隠せるなら無くして困るものでもないし。
気怠い躰を引きずってシャワーを浴びる。目立つ情交はなかった…首に触れた唇の感触もなんとなく覚えているけど痕が残っているわけでもない。腫れぼったくて重い瞼を押えながら顔にシャワーからお湯を降らせる。
洗い流して、彼のことも夢のように消えていきそうだ。
消さなければ、いけないのだろう…。

冷たい目も、言葉も、ローとは違うのに目の前の男はローの姿で、声で。
だから目を閉じたのに途端に甘く優しい声で欲しい言葉を強請らせた。苦しく喘ぐ呼吸に交じり名前を呼びそうになった。そんな声で、やめてほしかった…ローだと錯覚してしまうから。おれのトラファルガー・ローはもういないから。
喋らないでほしい。そんな思いで唇を重ねた。止んだ声にホッとする。
指に触る凹凸に、縋りついた躰…こんな逞しい躰をローはしてなかった。首に縋りつくと頭の後ろと背中に手が回りその一度だけ強く抱き返される。

それも夢だったんだと、水の滴る頭を軽く振った。






久々に雨が降りやんだ。雲間からは少しだけ光が射しているがまだ厚い雲は空に浮かんだままだ。
昨日の夕方から雨は振り続けていた。夢で片付けたかったがそれも出来るわけもなく、彼は当てなどないと言っていたがあの雨の中どう過ごしたのだろうかと考えてしまう。

探そう、なんて思ったわけじゃない。期待をしたんじゃない…それなのに、ここでその姿を見つけてしまえばおれは……。

「……なんで」

「どうして、ここにいるんだよォ…」

振り向いた彼に問い詰めていた。
あの日、ローが死んだ場所に、その1年後にローに似た彼が倒れていたこの場所に。
この世界を知らないと言ったくせに、自分が倒れていた場所も分からなかったくせに。
「……ここで死んだのか」
「…あんたが、倒れてたのも」
「…そうか…」
目深にかぶった帽子のせいで表情は見えなかった。それを意図するように帽子を被っているような気さえする。
彼はただ頷くとコツ、と靴の底を鳴らして一歩一歩近寄ってきた。立ち竦むおれは後ろにも前にも動けずに詰まりつつある距離を見ているだけだ。







The last final 11
(ロキド) 2012/12/24

抵抗なく重なった唇を一通り味わって、組み敷いた躰を見下ろす。
薄く開かれたままの唇から覗く舌に、天井をぼんやりと見上げる濡れた瞳。
「期待しておれを拾ったんだろう?」
皮肉や嘲りの言葉は自然と口を吐く。この世界ですでに死んでいる男をおれに重ねてみようとしている男に無性に腹が立った。
写真を見た時は似ている男を放っておけなかっただけだろうと思っていたが、そうではなかった。二度と戻ってくるはずのない男が戻ってきたと思いでもしたのだろうか。
おれが甘い声で名を呼びとでも思ったのだろうか。そしておれを呼ぶ声に返事をするとでも思っていたのだろうか。
「名前を呼ばれたいか?」
"ロー"はどんな愛を言葉にした?耳に吐息と共に吹き込み、躰を暴いていく。
服の下にはそれなりの筋肉があったが記憶のそれよりも薄く、傷一つない肌。再び言葉を催促すると、ただされるままに寝てた躰が身じろいだ。
首筋を舐めていた俺の頬に手を添え、それに引き寄せられるままに深く重なる唇。硬く閉ざされた瞼が見えて腹の底にあった怒りがすっと冷めていく。からかい、嬲ることを楽しんでいたはずなのにその気も失せていく。

喋るな、と暗に示すような接吻はおれから言葉の一言をも奪うには十分だった。





「……降りやんだか」
眠っていた意識が浮上する感覚と共に周りの音が聞こえ始める。
湿った空気は相変わらずだが雨は降りやんでいた。見上げれば灰色の雲は浮かんでいるがところどころの合間から明るい陽の光が見える。
耳を澄ませば排気音やエンジン音が様々な場所から聞こえてきた。
雨が降り続き、夜になり、1日半ほど動くことができなかった。濡れて歩けば体力を消耗するだけできっと得ることはない。漸く天候が変わり陽も差し始めた。
「さて…どうするか」
時を待ちただじっとしていれば帰れるという保証はない。
右も左もわからないが、やり様がないわけではない。その辺の人間を捕まえて少し"話"をすればいい。だがこの世界に限らず荒事を起こせば面倒になることは確かだ。
行先のない足を、踏み出した。行く当てはないのは相変わらずだがどうしても気になる場所がある。
ここまで来た道を引き返し、雨が降っていた時と印象の違う街を目の端に入れながらそこへ向かう。
見慣れない乗り物がすぐ横や目の前を走り去っていくのを煩わしく思いながら、雨に朽ちゆくのを任せていたあの花束の場所へ。


変色して萎びた花弁は雨に融け昨日見た時よりも無残なことになっていた。
人は傲慢にも供物を燃やし、朽ちるのを待ち、腐敗するのを見届け、その姿が変わり果て消えゆくのを見、初めて"供物"として捧げられたと認識する。
花も。この世で凛と先綺麗な姿のまま捧げられ今朽ちて…渡って行ったのだろうか。
誰に訊く当てもないが、と一人笑ってから背後の気配に目を向けた。相変わらず鮮やかな赤が目に留まる。
「……なんで」
困惑と少しだけ憤りを含ませた声が滲んで聞こえる。
「どうして、ここにいるんだよォ…」







The last final 10
(ロキド) 2012/12/21

塞いでやろうと思っていた瞳は自らで硬く閉ざしていた。
耳元で囁けば肢体を跳ねさせすすり泣く。低く漏れ出す喘ぎ声は淫靡で酔いそうになった。
背中に這う手がおれの躰中にある様々な傷を辿り、窪みや隆起した傷に指先っが引っかかる。
おれの唇が模ったそれを、あいつによく似たこの男はきっと見ていない。



今まで、初めて踏み入れる島に不安や恐怖を感じることはなかった。仲間が居ようと居まいとそれは同じで、一人、大海原に出た時からそう言う感情は遠いものになっていた。
それが…どうだ。
分厚く、灰色の雲が立ち込める空の下。おれは一人知らない"世界"の知らない街を当てもなく歩きだした。
道に倒れていたと言うおれを拾って介抱してくれた男の部屋から出て、冷めきった躰と頭を連れて道なりに足を進める。
人の通りはない。一人取り残されたような錯覚さえして、ああでも。異世界から来たおれは一人なのだ…。
すべきことは元の世界に戻る術を探すことだが、この世界に来たその術さえも、意味さえも分からないのにどうしたらいいのだろうか。
きっと海は遠い。固められた地面に、塀に、遠くにそびえる建物に太陽も出ていないんじゃ方向さえ狂わされる。
「………」
当てなどなく歩いていたのに、不思議と足が止まった。
雨曝しで萎れた花束がひっそりとそこに添えられ、湿気を含んだ風に時折花を包む薄いフィルムがはためき小さな音を立てていた。
ぽつり。頬に雨粒が落ち、しとしとと足元に斑点を浮かべていく。
再び雨に打たれる花を暫く見ていた。何れ花の色は褪せ、花びらは朽ちて落ちる運命だと知ってはいるが。



あの男の家から拝借した布で刀を包んでいたおかげで雨水を多分に含んだ布は重くなり刀を担ぐ肩にのしかかった。
雨に打たれた濡れた躰を今更雨の凌げそうな場所に移し、帽子から滴る雨水が落ち靴に落ちる。既に濡れてしまってる足元だから気にはしないが。
「っ…。流石に塞がるわけがないな…」
指に伝った雨水が仄かな赤色を帯びているのに気が付き、片袖を抜いて肩の傷を確かめる。
動かし過ぎて緩んだ包帯に、雨水が血を滲ませてひどく汚く見える。傷は全く塞がっていないようだ。
よく動く場所なのと傷が深い所為だ。本来ならすぐに縫い合わせて数日包帯で固定すれば気にはならなくなるが自分の船ではないからそれも難しい。
「腫れが出てきたな…。」
濡れた包帯の上から患部を撫でれば腫れと熱を孕んでいることがわかる。
取りあえずとして刀を包む布を細く破り肩をきつく縛っておく。こうなったら下手に包帯は取らない方がいいだろう。
「ふぅ…。…ククク…ああ。今更こう言うつまらない窮地に陥ることもねぇなァ…」
若い頃、駆出しの頃ならいざ知らず…。今になってこの程度の傷で自身を危ぶんでいる。
だがこの程度の怪我が小さくないこともよく理解しているから、こそ。


刀を抱いて目を閉じる。
ドクン、ドクンと刻む自分の鼓動を数えながら雨が止むまでの暫くを過ごそう。




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