ハク千

2015.05.13 Wednesday


絵本を閉じたハクはふふ、と優しい微笑みを浮かべて千尋に向き直った。
「シンデレラ、ね。なるほど、そなたの言うとおり、素敵な物語だ」
でしょう?と目を輝かせる千尋。
「シンデレラはね、女の子のあこがれなんだよ」
「千尋もシンデレラになりたいの?」
「ち、小さい頃は、そう思ったこともあったかな。今はもう大人だし、お姫様になりたいだなんて思わないよ」
素直じゃないね、千尋は。そうやって、夢見るような目をしているのに。
ハクはおもむろにソファからおりると、千尋の目の前で片膝をついた。
きょとんとする千尋ににこりと笑いかける。フローリングに投げ出された彼女の右足を、壊れ物を扱うように両手でそっと持ち上げたかと思うと、
「小さな足だね。あの頃よりは、随分成長したけれど」
楽しげにそう言って、白い足の甲にそっと、唇を落とした。
「ハク!?」
顔を真っ赤にした千尋が慌てて足を引っ込める。彼が予想のつかない行動をとるのは昨日今日に始まったことではないが、なんとも心臓に悪い。クスクス、とたまらなくなって笑い声をこぼしながら、上目遣いに彼女を見上げるハク。
「私にとっては、千尋こそがその『シンデレラ』だよ」
「何言ってるの?からかわないでよ、もう──」
「からかってなど。あの時のこと、忘れてしまった?」
吸い込まれそうな深緑の瞳に、記憶の深淵を見出した千尋ははっとなる。
幼いころの、あの夏の日の出来事──。
「そなたは私のなかに靴を落とした。ガラスでできた魔法の靴ではないけれど、それでもそのまま水の底に沈めておくのは忍びないような、ついつい拾い上げてしまいたくなるような、小さくて、可愛らしい靴をね」
千尋は抱き締めていたクッションにぐりぐりと顔を埋めた。恥ずかしげもなくそんなことを言えるハクが、恨めしくもあり、少し羨ましいような気もした。
再び隣に座ったハクが、彼女の肩を自分のほうへ抱き寄せた。カーテン越しに吹き抜ける風が心地よさそうに、しばらく目を閉じて感じ入っていたが、ふと何か思い立ったらしい。
「千尋、絵本をもっと増やそうか」
「どうして?」
「色々な物語を語り聞かせたいだろう?男の子でも女の子でも、どちらでもいいように、たくさん絵本を買っておこう」


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