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SS・tender (but bitter)
〈ルセリオ王国の栄光:小説本文&落書き〉
2015/02/14

 
 
バレンタインSSをもう一つ。

***










二月十四日。ルセリオ王国はどことなくそわそわした空気に包まれていた。この日は女たちが思いを寄せる、あるいは日頃世話になっている男にチョコレートを贈る日なのだ。若い女や少女たちの間では、男にではなく同性の友人同士で贈り合う習慣も生まれつつあったが、まだ広く根付いてはいない。かくしてこの日はそこかしこで男を呼び止めて、あるいは人気のない場所に呼び出して、チョコレートを渡す女たちの姿が見られた。それは王国軍においても例外ではなく。
「またもらっちゃった……こんなに食べられないや」
城の廊下で呟く、緑色の髪の小柄な青年の姿があった。ルセリウスに仕える風使いのヴァンだ。一人の女性兵士が廊下の向こうへ小走りに去っていく。たった今彼女に渡されたものも含めて、ヴァンの両手は大小様々な色とりどりのチョコレートの包みですでに一杯になっていた。
「でも、この行事が今の時期でよかった。暑い季節だったら食べないうちに溶けちゃう」
ルセリオ王国は大陸の南部に位置していて、冬季以外は概して気温が高い。それは暑い土地に暮らす者ならではの感想だった。
「グレイスも当分大忙しだろうな」
氷魔法を操る同僚の名を彼は口にした。この地を治めるルセリウス王が最も多くの女たちからチョコレートを受け取っているであろうことは、疑いようがなかった。毎年この時期になると、城の一室がルセリウスの臨時チョコレート貯蔵庫になる。王を慕う女たちが酒やクリームをふんだんに使って作った、柔らかいチョコレートの品質を保つために、魔法で冷気を生み出せるグレイスが貯蔵庫の室温維持に連日駆り出されるのは、恒例となっていた。
そんなことを考えていると、前方から近付いてくる人影が見えた。体のラインの出ないゆったりした長い灰白色のローブに、銀色の巻き毛。ヴァンよりやや後で軍に加わって最近王の補佐を務めるようになった、魔術師のフリーダだ。
「ヴァン、ここにいたか。ほら、受け取れ」
白い魔術師が手にした袋から小さな包みを取り出して、彼に渡す。何の模様も入っていない白い布にかけられた、薄紅色の細いリボンが申し訳程度に彩りを添えている、飾り気のない包みだ。
「ん、ありがと」
「それはついでに作った分だ。気にするな」
場合によっては受け取った者の心をぐりぐりと踏みにじるようなことを言っていることを、彼女は自覚しているのかいないのか。他の女たちから本気のチョコレートをすでにたくさん受け取っていて、そのどれにも真剣に応じるつもりがないヴァンは気にも留めなかったが。ともあれ、華美を好まず、祭りなどのときにも浮わついた様子を見せず、口を開けば国政と軍務の話ばかりするこの女が「ついで」ではないチョコレートを贈る相手といったら、自ずと予想はついた。
「珍しいね。君はこういうことに興味がないんだと思ってた」
「この軍に入ってそれなりに経つからな。このぐらいしても問題はないだろう」
フリーダが本命のチョコレート――いや、おそらく「一番の義理チョコ」――を渡す相手はルセリウスだろう。国内の女たちの思慕を一身に受ける伊達男の君主が相手だというのに、彼女の口振りには一切はしゃいだところがない。きっと政務の報告書を提出するのと寸分たがわぬ態度で淡々と渡すに違いない。
「では、これでな。他の者たちにも大体配り終わった……私は陛下のところに行かなくては」
そう告げて魔術師が立ち去る。ヴァンの予想はやはり当たっていたらしい。
今しがた同僚から受け取った分が加わって、さらに両手からこぼれ落ちそうになったチョコレートを抱え直しながら、彼は思った。「このぐらいしても」と軽く言ってたけど。あいつ、軍に入ったばかりのときは、祭りも季節の行事もほとんど他人事みたいな態度で仏頂面して眺めてたじゃないか。この数年のうちに、ずいぶん変わったよ。
「あいつもこの軍も、これからもっと変わるのかな」
去っていくフリーダの後ろ姿を眺めて呟く。美食にもほとんど関心を持たない彼女が作った、糖分の極めて乏しいチョコレートを食べて、軍の男たちが思わず険しい表情になるのはその数刻後。大量のチョコレートを女たちから受け取ったルセリウスが同じ体験をするのはさらに何日か後のことであったが。
人の様々な思いを乗せて、甘い香りに満ちた日が過ぎていく。



 



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