SS・緑髪の風使い
〈ルセリオ王国の栄光:小説本文&落書き〉
2015/02/09
ルセリウス直属の精鋭部下、風使いヴァンの紹介SS。
*魔法解説
レビテーション(浮揚)…宙に浮かぶ風魔法の一種。扱いに慣れれば、宙に浮かんだまま移動することも可能
***
「……の進軍経路は、後続部隊が無防備……危険が……。……を迂回して……」
マイスは、会議室に隣接する廊下の天井付近にある、壁材と天井の狭い隙間に潜んで、壁材にできている小さな穴から漏れてくる話し声を聞き逃すまいとしていた。室内ではルセリオ軍の作戦会議が行われている。
ルセリオ軍の城に潜入して内情を探り、自分の軍の本陣に報告するのが彼の役目だった。敵の拠点にこうして潜入するという性質上、見つかればただでは済まない。何よりも慎重さが求められる任務だが、これまでのところ、城の者がマイスの動きに気付いている様子はなかった。何より、彼が潜んでいる隙間は床からかなり高い位置にあり、宙に浮かぶ風魔法の一種・浮揚(レビテーション)でも使わない限り、その場所が誰かに見つかる心配はないのだ。彼もまたレビテーションの魔法を駆使して、その高い空間に潜り込んでいた。
マイスの軍は目下善戦している。この調子で活動を続ければ、いずれはルセリオ軍を陥落させることも――
「ねえ、君。そこで何してるの?」
出し抜けに横から声を掛けられて、マイスは狭い空間で飛び上がった。緑色の短い髪をした短躯の人物が天井近くにいて、マイスのいる隙間を覗き込んでいた。ルセリウスの部下の一人、ヴァンだ。その人物が何もない空中に佇んでいるように見えるのは、マイスがその隙間に上るときにしたのと同じく、レビテーションの魔法を使っているためだ。
ヴァンは小首を傾げて密偵を睨んだ。
「最近、僕以外の人がここに来てる様子があったから、おかしいと思ってたんだ……。陛下やみんなの隠し事を探るのに絶好の盗み聞きスポットなんだから、勝手に使わないでくれる?」
緑髪の人物の口振りは、城に潜入されたことよりも、盗み聞き用の場所を勝手に利用されたことに腹を立てているようだったが、内偵の現場を目撃されたことに変わりはない。一刻も早くこの城から脱出する以外に、密偵であるマイスが取りうる行動はなかった。
「くっ……!」
「あれ、逃げるの? それならこっちに来るしかないよ」
ムースがいる場所から城外に出る経路は一つしかない。それを塞ぐ位置にヴァンがふわりと飛んで、からかうように両腕を広げる。マイスは隙間から半ば身を乗り出して、両手の間に魔法の刃を生成しながら叫んだ。
「そこを退け! ――食らえ、ウィンドカッター!」
その声と同時に、肉を裂いて骨をも断ち切る風の刃が、ルセリウスの部下に向かって唸りを上げて飛ぶ。ヴァンは避ける素振りも見せず、けらけらと笑いながら空中で片手を上げた。
「効かないよ。――ウィンドブレイカー!」
上げた手から魔力の塊が放たれ、マイスの刃とぶつかるが早いか、粉々に砕いて呑み込んだ。そして、急激に速度と大きさを増しながら密偵に向かって突進する。
「な、何……ぐわっ!」
身を躱す間もなく、高密度の魔力の塊に直撃されたマイスは、石の天井に叩き付けられて、意識を失って通路の床へと落下した。『風を打ち砕くもの』という名を持つその魔法――ウィンドブレイカーは、敵が放った風の術を呑み込んで吸収し、呑み込んだ風の力ごと相手にぶつける魔法だ。制御が難しく扱う者が少ないこの魔法を、ヴァンはさしたる鍛練もなしに使いこなした。
「風魔法で僕に勝とうなんて、ちょっと自信過剰なんじゃない?」
小柄な風魔法の使い手は、浮揚の魔法を解いて床に降り立つと、昏倒している密偵を見下ろして嘯く。
「さて……君には、地下牢でたっぷりと話を聞かせてもらおうかな」
ヴァンがパチンと指を鳴らすと、風が巻き起こって、意識を失っているマイスの体を持ち上げた。小柄な風使いが廊下を歩むのに合わせて、密偵の体も宙を滑るように進む。
マイスから本陣に連絡が入ることは二度となかった。
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