Title


世界で一番嫌われた人
流れ星最果てに捨てる海水アレルギーの人魚 ひとりきりの人竜に眼を貰った男神様の死んだ日灯台守獣王子虹のつくりかた新しい神様あべこべ旅の終わり
⇒∀



RPG 風

ずっと居る / 死が二人を別つまで / 竜と出会う / 城への帰還 / さよなら / 屠らるる日

どこにもゐない (1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 )

ずっと居る / 死が二人を別つまで / 竜と出会う / 城への帰還 / さよなら / 屠らるる日



大八洲 的

そして ⇒ ( 壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾 )

始まりのようなもの : 真っ直ぐに歪む : 不可逆或いは不変 : 其の所以 : 曾ての始まり : 繰り返す : 死の領域 : 靂 : 似て非なる覚悟 : 空を謳う魚 : 屹度 : なくてはならぬもの : 深き淵より : 慕わしい人の名は、



欧羅巴 式

女王と海賊〈上〉〈下〉|海賊と盗賊|錬金術師と賢者の石|生死人と不死人|財宝と秘宝

⇒『P』 (T U V W X Y Z [ \ ] )



2015/11/01 ( 2 )





女王と海賊



ぐらりと床が揺れ、壁や柱が軋む音を立てる。部屋を満たす空気は過剰に水分を含んで張り付くように重い。壁の外からは叩き付ける波の音が絶え間なくしていた。
その音に負けじと部屋を満たす歯軋り。

「…うるせぇよ…」

耐え兼ねて、床に伏せていた少年は呻くように呟いた。

「何ですって!?」

赤茶けた金髪を振り乱し眼光鋭く睨む女に、少年は舌打ちをして再度呟く。

「うるせぇって言ってんだよ」
「じゃぁあんたどうにかしなさいよ!」
「どうにか出来る訳ねぇだろ見て判んねぇのかこのブス!!」

女の背の下で床に俯せたまま少年が喚き、少年の背の上で女は仰向けに反り返ったまま天井に向かって叫んだ。

「あたしのどこが不細工だっつーのよ目ぇ腐ってんじゃないのこの節穴が!!」
「それはてめぇだ!! いいから黙ってろじたばたすんじゃねぇよデブ!!」
「だったら解きなさいよこのチンピラ!!」

二人は後ろ手に縄で縛られて、一室に閉じ込められていた。
女が縄を解こうと暴れるうちに少年の方へ倒れ込み、大人しく座っていた少年はその下敷きにされていた。

「……もういいかい?」

突然割って入った声に怒鳴り合っていた二人は驚いて声を失う。
いつの間にか金髪の青年が覗き込むように二人の側に屈んでいた。二人の顔を交互に見遣り、金髪の男は俯せの少年の顔を見て笑顔で尋ねる。

「友達?」
「誰が!! 誰と!!」

声を揃えて言う二人に、男は口の端を吊り上げて笑った。

「楽しそうに話してたからさ」

言いながら女の肩に手を掛け、男はナイフを取り出して女を縛っていた縄を切った。
女が身を起こして縛られて痛む腕を撫でる間に、金髪の男は俯せのまま文句を言っていた少年の縄も切る。

「さて、引き上げるか」

立ち上がり、痺れを解くように腕を回しながら少年が言う。ナイフをしまっていた男は不思議そうな目で少年を見た。

「でももうこの船港出ちゃってるよ?」
「マジで!?」

驚いた少年が目を見開いて勢いよく振り返り、金髪の男はその反応に笑いながら少年の頭に布を載せた。

「…貴方達、この船の人じゃないの?」

女が問うと、黒髪の少年は乗せられた布を頭に巻きながら渋い顔をして女を見下した。

「仲間なら縛られてるかよ」
「それに誘拐した人と一緒にはしないよね」

金髪が微笑して応え、座ったままの女に手を差し出す。その手を取って立ち上がりながら女は首を傾げた。

「じゃあどうして…」

無視して部屋を出ようとした少年の背を指差して、女の隣で金髪が笑う。

「船を奪ってやろうとして逆に捕まった馬鹿です」
「アル!」

紅潮した顔で振り返って叫ぶ少年を無視して、女は金髪の男に呆れたように問う。

「この船を?たった二人で奪おうとしたの?」
「自分の船も持ってないガキが、って言われて他人の船を盗もうとしたガキです」
「なんで正直に答えてんだよ!」

アルと呼ばれた金髪の男は笑って答え、怒鳴る少年に尻を蹴られていた。笑う金髪二人を無視して部屋を出ようとした少年が扉を開けると、目の前に見張り役だったのだろう男が二人立っていた。

「っ……!」

女が驚いて悲鳴を上げようと息を吸い、叫ぶ準備をした所で、見張りの二人は床に倒れた。
見張りの一人が僅かに身を乗り出した瞬間に少年がすかさず開けた扉を閉め、見張りは扉に頭を挟まれ昏倒した。それを目で確かめてから少年は再び扉を開ける。
仲間を助けようと前に出て来たもう一人の見張りは開けられた扉で顔面を強打した。顔を押さえる見張りの鳩尾を金髪の男が突き、気絶した二人を部屋に押し込んで、少年達を縛っ ていた縄で縛り付ける。
素早くそこまで済ませて部屋を出て行く少年達に女は、叫ぼうとした口を押さえたまま二人を称賛する。

「すっ、すごいじゃない!」
「まぁな」

満更でもない顔をして言う少年になんとなく苛ついた女は、突然真顔になって言う。

「でも捕まったのね。」
「ぷっ」
「やかましい!」

金髪が小さく噴き出して笑い、少年は怒りだけではない赤い顔で振り向いて女を睨む。

「お前も同じだろうが!」
「一緒にしないでよ!貴方達とは違うのよ!」

どう違うのかと怪訝な目で見る少年に、女は胸を張って顎を逸らして言い切った。

「あたしはか弱いお姫様なんですからね!」
「………」

この女殴ろうかなと拳を握ったり開いたりしていた少年は、何かに気付いたように視線を投げ、隠れる場所を探し始めた。部屋に戻るという選択肢は無い。
通路の端に雑多に詰まれた箱の中から、空のものを選んで少年はその中に身を隠す。同じ箱に、何をしているのかと呆然と少年を見ていた女を詰めて蓋を閉じてから、金髪の男もその近くの空樽に飛び込んだ。
間を置かず足音荒く男たちが走って来る。

「女が逃げたぞ!」
「探せ!」

男たちが叫びながら走り去ったのを確信してから、空樽から身を乗り出して金髪の男が溜め息を吐いた。

「か弱いお姫様だけが狙いみたいだね」

蓋を開いて箱から頭だけを出した少年が吐き捨てる。

「こんな女さらって何があんだよ」
「こんな!?」

女が文句を言おうとしたが、それを遮って金髪が呆れた息を吐く。

「何でもあるでしょ」

問うような少年の視線に金髪は少年を一瞥してから、女に向かって言う。

「次期国王候補でしょ?」
「…なっ!?」

少年は隣で箱に納まったままの女を指差して胡乱な声を上げる。

「こんなのが!?」
「こんなのって言うな」

苛立たしげに、けれど状況を考えて女は声を落として言った。金髪は頷くように視線を動かしてから言う。

「金に近い赤毛で碧眼の成人女性」
「そんなんどこにでもいるだろ!?」
「正装して単身で海賊船に乗り込むような女はいないでしょ」

それくらい俺にも分かるよと金髪はあきれた顔で少年に言ってから、硬い表情で沈黙していた女を見た。

「誘拐かな?それとも暗殺?」
「…それならいいけど」

嘆息し、女は箱から抜け出した。裾を正しながら言い捨てる。

「美人妻にさせられるかもしれないからね」
「鏡見て言えよ?」

少年の即答に女は派手な音を立てて箱の蓋を閉めて押さえ付けた。箱に入ったままだった少年は頭を打ってそのまま声も無く押し込められる。

「見つけたぞ!」

怒鳴るように言われた声に振り向くと、通り過ぎた筈の男たちが走って戻ってきていた。突然現れた海賊に女は金髪の男の方を見たが既に姿を隠している。逃げる間も無く腕を掴まれ、女は大人しく引きずられどこかへ連れて行かれた。
辺りが静まってから、樽から顔を出した金髪は少年に問う。

「どうする?」
「……」

少年は蓋が閉じた箱の中で沈黙したままだった。
連れ去られた女は、甲板で屈強な男達に囲まれていたが怯むこと無く堂々と立っていた。

「どうやって逃げ出した?」

凄まれても、つん、と顔を逸らして答えない。

「まぁいいさ。あんたを生きたまま連れて行けば報酬と恩赦が出るからな」

女を取り囲む輪から外れて、積み上げられた荷に腰掛けていた帽子を被った男が言う。

「あんたも大人しくしてるんだな。怪我するよりはマシだろう?」
「お断りだわ」

女は帽子の男を睨みつけ、口の端を歪めて笑った。

「どうせ、婚姻の誓約書にサインさせられて王冠を奪われてから殺されるんでしょう。それなら今死んででも逃げるわよ」

男達は女の科白の意味が分らず、キョトンとして互いの顔を見合ったりしていた。構わず女は宣言するように言い切る。

「あの国は私のものよ。他の誰にも好きにはさせないわ」

▼続きを読む
2014/10/29 ( 0 )





始まりのようなもの


――おかあさん

泣きながら震える声で呼ぶが、母親は現れない。きっともう、あの時には山を下っていたのだろう。
恐らくは貧しさの為に捨てられたのだ。では何故、兄でも妹でもなく自分だったのか。
それは。
視界の端で草が揺れて気配が動いた。

――おかあさん

思わず駆け寄って草を掻き分けて見た先には。
山のように大きな蜘蛛。裂けた口。幾つも光る炎のような目。歪に曲がり尖った足の、牙のような爪。
振り下ろされた先には白い、

「――!!」

息が。
一瞬詰まった。
外から鳥の鳴き声が聞こえる。隙間だらけの壁から光が差し込んでいた。

「…朝か…」

上体を起こし、一度小さく咳払いをして呼吸を整える。
立ち上がって伸びをして、大刀を背に掛けてから小屋の隅に坐っている女に小さく頭を下げた。
女は答えるように項垂れた頭を更に深く沈める。その膝の前には白く罅割れた頭蓋。
女の、成れの果て。
つまり今目の前にいる女は既にこの世のものでは無いのだけれど、その事に別段驚きもしない。
そういうものには慣れている。そしていつか自分もああなるのだろう。
誰にも気づかれず、誰の目に留まる事もなく消えて失くなる。
それを歓迎するわけではないけれど、それではと言って、看取って欲しい誰かがいるわけでもない。
他人の記憶は、朧にある母と兄妹と。

「…ナキメ」

考えながら小屋から出ると、入り口の外に雉子がいた。

「急げ、ナギ」

鳥の嘴から流暢な言葉が流れ出す。それに驚く事もなく雉子に向かって問い返した。

「急げって、何処に…」

雉子は何も答えずに空に飛び立ってしまった。
仕方なく、飛び去った方角へと足を向ける。
何処に向かっているのか知らされてもいないが、そこに不安は無い。
今、自分が生きていられるのはナキメのお陰で。親に捨てられた子供が一人きりで生きていける訳がなくて、それでも未だ生きているのは雉子のナキメがいたからだ。
人がいない山奥で、一人で生きていくにはどうすべきなのか、全てナキメに教わった。
だからナキメは親のようであり常に正しい。
ナキメが山を下りるなと言うなら山から出る事はしないし、殺生をするなと言われたら獣は殺さない。
人里に下りたらその晩に高熱が出たとか、血を流したらナキメが臭いで近寄れなくなったとか、理由は後から判然とする。
だから棲家を捨てろと言われても説明を求めなかった。
ただ言われた通りにナキメの後を附いて行く。

「此処が何処だとは思うけどな」

一人呟いた声は誰にも拾われなかった。
何処まで行くのだろうと、思わないでもないが。それでも向かう先から雉子の鳴き声がすれば、自然と足が進んでしまう。
もし今置いて行かれたら。
戻る道も進む道もわからない。
今さら、人との交わり方もわからない。
人が均した道は平坦で歩くのは楽だったけれど、まだ今みたいに山の中を歩く方が気が楽だ。
親に捨てられたあの時から、ずっと山で暮らしてきた。ずっと一人だったから、人の視線が怖い。
擦れ違いに見られているだけだとわかっているのに、やはり自分は人と違うのだろうかと考えてしまう。
自覚があるだけに余計気になってしまって。
幼い頃から、他人には見えないものが自分にだけ見えたり、聞こえない声が聞けたりした。だから親に捨てられたのだろうと思うと同時に、鳥が言葉を喋るなんて不思議にも動じないでいられた。
役に立つと思うけれど、他人から見たら捨てたくなるほど気味が悪い事なのかも知れなかった。だから。
人と違うから。仕方が無いのだと。
思っているのに。
考え込んでいると突然、鳥の羽音が大きく響いて枝が折れるような音がした。

「何だっ…!?」

音のした方向を振り向くが草木が繁っていて見通しが悪い。
遠くに獣の咆哮がして何か危険があるのだと知る。
喧騒に近付くべきかそれとも逃げるべきなのか悩んでいると、森の奥から甲高い鳥の鳴き声がした。
聞き覚えのある、けれど聞いた事がないような鳴き方。

「ナキメ!?」

慌てて鳴き声のした方に駆け寄ろうとしたが、直後に腹に響くような咆哮と、足許に伝わる地を揺らす震動。しかもその音が近付いて来ている気がする。

「…まさか…」

躊躇ったけれど、背中の大刀に手を伸ばして、待ち構えてみる。
木々の間から遠目に見えたものは熊か猪のようで、そして並のそれ等より大きく見えた。
その獣のようなものが物凄い勢いで突進して来る。木とか薙ぎ倒してこっちに来る。

「無理!」

それを避ける様に森を奥へと逃げ出した。後ろから音は迫ってくる。怖くて振り向いて距離を確かめる事すら出来ない。
必死に走っていると、視界の一点が明るかった。森が開けた場所だろうと思ったから、そこに飛び込む。暗い茂みの中にいるよりは相手の姿が確認できるだけ有利のはずだ。
予想通り、青空が視界いっぱいに飛び込んできた。逃げ場を確認しようとして、思わず足が止まる。
見下ろす先は深い崖。

「!」

物音はすぐ傍まで来ている。もう後戻りは出来ないだろう。
どうにでもなれと、剣を抜いて迫って来る物に向き直る。茂みから出て来た瞬間を狙って倒すしかない。そう思って茂みを睨んでいると、間近まで来て突然、近付いていた影が消え、音も消えた。
その理由は知っていた。
獣は諦めたのでは無い。
逃げられないと知っていて、確実に獲物を狩ろうと気配を消して相手の疲弊を待っているのだ。
今迄、何度同じ事をされてきたか。
住み慣れた山だったから。地の利は自分にあったから、なんとか逃げ延びてこれたようなもので。
こんな知らない場所で見知らぬ相手にどうしたら。

「…剣なんて使えないのに」

大刀を呉れたのは雉子だ。
使い方なんて教わってない。
急に、轟、と吼えて草陰から熊が飛び出した。
慌てて剣を向けるが、熊は此方を無視して前脚で空を掻いて暴れていた。

「何を…いてっ!?」

ぺち、と顔に何かがぶつかる。驚いて、跳ね返って地に落ちた物を見ると蜻蛉がいた。
それは直ぐに飛び立ち、熊の顔に纏いつくように飛ぶ。よく見れば熊の片目は潰れていた。
猛り狂った熊が振り回す腕の風圧に蜻蛉がくるりと飛ばされる。
咄嗟に、蜻蛉に食らいつこうとする熊の横腹に剣を刺していた。蜻蛉を庇ったって何の得も無いのに。
――むしろ損だった。払い除けようとする熊の爪をかわしたら崖に足を踏み外した。

「あ、っ!」

浮遊感に、何かに縋ろうとして、目に入った蜻蛉に手を伸ばす。手は届く事はなかったが、蜻蛉の後ろに泡を吹いた熊が見えた。
ああ、危ない。
自身が崖下に落ちようとしてるのに、蜻蛉の心配なんてしていた。
直後に、誰かに腕を掴まれた気がした。
確かめた訳じゃないから夢かもしれない。
そうだ、夢だ。
だってこんなに真っ暗なのは目を閉じているからだろう。
熊に追い掛けられて崖から落ちるなんて冗談じゃない。
きっと、眼が覚めたら。

「っぶし!」

くしゃみが出た。
起き上がって鼻を啜ると、蜻蛉がころりと腹の上に落ちる。

「…んぁ?」

なんだ此処は。
涼しいと思ったら、目の前に川が流れていた。
場所は河原らしいが何故此処にいるのか判らない。

「あ、無事だったー?」

何処からか声がして、探すと川から老人が歩いてきた。

「良かったね、ナギ」
「え」

笑って傍にしゃがんだ老人は若かった。髪の毛が白いから老人かと思ったが、顔だけ見れば自分より年下かも知れない。

「な、なんで」

どうして自分の名前を知ってるのかと問う前に、白髪頭の人間は、こっちおいでと言いながら蜻蛉を指の先に停まらせる。

「ほら、アキ」

あ。なんだ、蜻蛉のことか。紛らわしい名前だな。
自分の勘違いが照れ臭く思えて、紛らわせようと蜻蛉を睨むと、蜻蛉は空に飛んで行った。

「怪我は無い?」
「え?」
「立って。立てる?」

頭の中が整理されないまま言われて立つと、白髪は座ったまま見上げて笑った。

「よかった。此れ返すよ」

立ち上がって、大刀を渡されるがどうすればいいのか解らない。礼を言うのも変な気がして、とりあえず受け取ってから鞘に収めた。

「ちょっと借りた」

白髪の人間は肩を竦めて笑いながら、小さな袋を懐にしまった。

「アキー、行こー」

いつの間にか川岸の岩の周辺を飛んでいた蜻蛉を呼び、白髪は困ったように笑う。

「じゃぁ、おれは行くから。気をつけて」
「は? 何に…いや、此処何処」
「大丈夫だよ」

何が。
白髪はあっさりこっちの問いを無視して、川に沿って下流へと歩いて行った。
蜻蛉がその頭に停まっていて、赤い髪飾りみたいだった。
此処は何処で、今の人は誰で、何故自分は此処にいるのか。
結局、何一つ分かっていないのに。
茫然と立ち尽くしていると、羽音が近付いてきた。すぐ傍に降りて、聞き慣れた声が言う。

「奪われた」
「…何が?」

どうしてどいつも説明を省くんだ。
ナキメが何か言いたげに川岸の岩を見ている。岩は、よく見れば先の熊だった。
夢じゃなかったのか。じゃあ崖から落ちたのも現実か。
何故無傷なんだろうと考えて、ナキメを見た。助けてくれたんだろうか?
ナキメの視線の先では、熊が腹を引き裂かれ、血を流して川の中に赤い筋を作っていた。既に死んでいるようだ。

「…さっきの奴か?」

何を奪われたのか知らないが、悠長に川下へ向かって歩いて行ったから、追い掛ければ間に合うかも。

「次は彼奴より先に」

短く言ってナキメはさっさと飛び立ってしまった。
…さっきの奴は追わなくていいのか。しかも次があるのか。

色々疑問が増えただけだったが。
落ち着くように一度深呼吸をして、ナキメの後を追った。


----------
後記:名前はカナで



2013/03/17 ( 0 )





ずっと居る


男は無表情に立っていた。
その手には大きな布が握られている。男の目の前には鉄製の檻が置かれていて、檻の中にいる生き物は動かない。

「どうかなさいましたか?」

開けたままの扉から入って来た獣が問うと、問われた男は安堵したように息を吐いた。

「お前が拾って来たのか?」
「は?」

問い返す男の前の檻を見て、獣は男を半眼で睨んだ。

「何を拾ってるんですか」
「ええ? 俺かよ?」
「ぅん…?」

檻の中から寝惚けたような声が上がった。檻の前に居た二人の視線は声の主に注がれる。
檻の中に居たのは一人の少女だった。 上体を起こし、巻かれた金の髪は背中に流れ、先程まで閉じられていた青い目は、今は驚きに見開かれている。
一連の動きを見ていた男は黙ったまま、手に持っていた布を檻の上から被せた。

「って、ちょっとー!?」

布の下から少女が喚くが、男は構わず隣に佇んでいた獣に問う。

「じゃあ、誰が持ってきたんだ?」
「城の兵士が運び込んだのよッ」

男が声に振り返れば、檻の中にいたはずの少女が二人の前で仁王立ち、腰に手を当てて睨み上げていた。

「……あれっ?」
「どうやって出て来たんです?」

男がゆっくり驚いている間に、獣が溜め息を吐いて少女に訊ねた。

「…そ、そこから。」

怪訝な眼で睨まれて少々怯みながら、少女は布を捲って檻を指差す。
格子の一部が抜けていて、子供なら自由に出入りで出来そうな穴が開いていた。

「……自分から入っていたんですか?」

呆れた声で獣が言い、男はなるほどと呟いてから辺りを見回すように首を巡らせた。

「誰か、この変態捨てて来てくれ」
「変態じゃないわよ!」
「誰だってそう言うだろう」

男はまたもや少女に構わず、興味が失せたのか城の奥に戻ろうと踵を返した。

「何よ! そっちが命令したんでしょ!?」

引き止めるように少女は声を震わせながら叫んだ。怪訝な顔で振り向いた男に気づかず、握り締めた自分の拳を睨んでいる。

「生贄を寄越せって! だから私が来たのよ!」
「…グリフォン」
「いいえ」

男が呼ぶと、獣は否定の言葉だけを返した。
男は小さく頷いて、少女に振り返る。

「帰っていいぞ」
「ふぉっ?」

涙目の少女の横まで戻ると、男は檻の天蓋を指で軽く弾いた。

「生贄を要求した覚えは無い。帰れ」

言い終わると同時に、檻に掛けられた白い布が一瞬で黒く染まり、瞬きをする間に檻も布も跡形も無く消えていた。

「…!?」

少女は息を飲んで、思わず傍らにいた男の袖に縋りつく。
男は一度目を瞠ってから、少女の旋毛を見下ろして苦笑した。

「当人にしがみついてどうする」
「!」

赤面して慌てて腕を解くが、少女は黙ったままその場に立ち尽くしていた。
何かを考えるように俯いたまま動かない少女に男は首を傾げて問う。

「何だ? 逃げないのか? それとも死にたいのか?」
「変わった趣味ですね」

吐息と共に呟いた獣の言葉に男は喉で笑った。

「ひとのこと言えないか」
「魔王さま」

窘める声に、男は片手を挙げて謝意を示す。
黙って自分の爪先を睨んでいた少女は獣の声に顔を上げて、目を見開いた。

「まっっ…!?」

はっ、と何かに気づいた顔をして男は素早く両手で自分の耳を塞ぐ。

「魔王って!!!」

少女の絶叫に耳を塞げない獣は思わず身を低くして身構えた。
部屋中に反響した声が消えるのを待って、男は塞いだ手を下ろして苦笑する。

「何だと思ってたんだか」
「だって見た目は人じゃないの!!」

指を差して喚く少女に魔王と呼ばれた男は溜め息を吐いた。

「良いだろ、どんなだって」
「もっと化け物っぽいと思ってたのに!」
「…余計なお世話だよ」

うんざりした様子で呟き、魔王は少女に背を向けた。

「ちょっと何処行くのっ」
「貴女も帰ったら如何です。遠いのならお送りしますよ」

魔王を追おうとした少女の前に立ち塞がり獣が言う。丁寧な声とは違って、目には怒りのような強さがあった。
立ち竦む少女を睨んだまま獣は続ける。

「それとも、帰らない理由でも?」
「何? 本当に死にたがりか?」

足を止め振り返った魔王に、獣は少女から視線を外さずに答える。

「それだけならこんな所まで来る必要は無いでしょう」

側まで引き返して来た魔王に、獣は庇うように身を寄せた。

「身分のある…姫か何かでしょう。物怖じしない子供なんて」
「ああ…、…でもどうして姫なんかが来る?」
「それは、家出か、」
「へぇ、姫なのか」

魔王の問いに答える声を遮って、突然割って入ってきた別の声にその場にいた全員の視線が集中する。振り返れば、入り口に腰に剣を提げた男が立っていた。

「助けたら英雄になれるな」

一人にやにやと下卑た笑いを浮かべる男を一瞥して、獣は魔王に首を巡らせる。

「…と、云う魔王討伐の理由になるでしょう?」
「なるほど」

頷いて、魔王は茫然と立ち尽くしていた少女の背を押して男に呈する。

「ほら。返すから持って帰ってくれ」
「ちょっ…待ちなさいよっ勝手に決めないでよ!」

魔王の腕に縋り少女は喚いたが大人たちは構いはしない。魔王は煩わしそうに掴まれた腕を振り、二人を見ていた男は顎に手を当てて値踏みするような目をした。

「ああ、持って帰るとも。魔王の首と一緒にな」
「欲張ると碌な目に合わないぞ?」

諦めたように溜め息を吐く魔王に、男は笑って剣を抜く。一足飛びに魔王に近づきそのまま魔王に向かって剣を振り下ろした。
茫然と立ち尽くしていた少女の背を押して、魔王は少女を自分の隣から退けた。
少女の固まっていた足は動かず、躓いて床に膝をつく。

「魔…っ」

両手を床について振り返って見上げると将に男の剣が魔王の体を貫いていた。

「…っ」
「…なに…!?」

少女が悲鳴を上げる前に男が声を上げて、剣を引き抜こうとしたが剣は魔王の腹部に刺さったまま動かない。

「何って、魔王だよ」

刺さったままの剣に触れて魔王が応える。血が流れるどころか、魔王は薄らと笑みを浮かべていた。

「こんな物で死ぬと思うのか?」

腹から生えた箇所と、魔王が握っている箇所から剣が黒ずんでいく。
見る間に剣は黒く染まり、少量の黒い砂になり床に散らばった。

「…っ!?」

剣を放して後退ろうとした男の腕を捕まえ、魔王は笑う。

「魔王って言葉の意味、分かってるか?」

言って、魔王は片手でマントを翻し男を頭から包み込む。
一瞬、声のような呼吸の音がした後、何かが崩れ落ちる音がした。

「…なんで服も平気なんだろうな?」

剣が刺さっていた箇所を撫で、魔王は首を傾げる。
マントがはらりと落ちた時には男の姿は消えていた。

「きっと、皮膚なんですよ」
「…えー?」

獣と魔王は何事も無かったかのように話し続ける。

「さっきの男は!?」

少女が声を上げれば、きょとんとした顔で見返した。

「いないよ」
「何処に!?」

魔王が足下を指差す。
床には黒い砂のような物が固まって落ちていた。

「…え…」
「欲張るからそんな目に合う」

抑揚も無く言い放ち、魔王は少女に背を向けた。

「お前も帰れ。これ以上巻き込まれるのは御免だ」

今度は立ち止まらずに、灯りもない建物の奥に姿を消す。

「お送りします」

隣に立って、静かに獣が言った。
魔王の消えて行った城の奥を呆然と眺めていた少女は、獣に嘴で裾を引かれて無理矢理外に連れ出された。
城を出てしまえば中に引き返す気にもなれず、少女は黙って先を歩く獣の後についた。
城を振り返りながら歩き、木々に遮られ小さくなって見えなくなった頃、黙々と前を行く獣に声を掛けた。

「魔王はいつからあそこにいるの?」

億劫そうにゆっくりと振り返り、獣は低い声で答える。

「…覚えておりません」
「…そうは見えないけど、実は物凄い年寄りなの?」
「歳月を数えるのが面倒になったそうですよ」

溜め息混じりに言い、獣は少女が足を止めた事も気にかけない。

「…ずっと、あそこにいるの?」

少女が見えない城を振り返り呟くと、獣は何故か異様に平坦な声を出した。

「魔王ですから」

小走りに獣の傍まで駆け寄り、少女は獣の顔を覗き込む。

「一人で?」
「人間は一人ですね」
「誰か来てもさっきみたいな…命を狙われてばっかり?」

何か言いたそうに嘴を開いたが、間を置いて溜め息と一緒に答えた。

「あの方が選んだ事ですから」

はぁ、と大きく溜め息を吐いて、獣は足を止めた。
少女も思わず足を止めて、前を見る。
薄暗かった視界が開け、眼下には一本の小道とそれに沿う形で疎らに建つ木造の小屋、その遥か先に城壁が見える。
眩しさに目を瞬かせていた少女に、獣はふ、と笑ったような息を吐いた。

「さようなら姫君。貴女が王位を継いだ時は、兵を向けないで 下さると有り難いですね」

振り向いた時には隣にいたはずの獣の姿は消えていた。



窓から差し込む陽光で本を読んでいた魔王は、ふと気配を感じて顔を上げた。
間を置かず部屋の扉が開かれ、金髪の少女が姿を現す。

「一人じゃつまらないでしょ」

笑う少女に魔王は読んでいた本を閉じ、少女に向かって微笑んだ。


「帰れ」

後記:説明くさい


2013/03/10 ( 0 )





ずっと居る


そこは、城と云うよりは教会のような場所だった。
石造りの壁も床も何処かしら欠けていて、鉄扉は古く少し動かすだけで耳障りな音を出して軋む。入り口の真上にはステンドグラスが填められていて、床に薄い影を落としていた。
確かめるようなゆっくりとした歩調で入り口を潜ったその男は、床の光を爪先で踏み、吐息と一緒に口許だけで笑むと城の奥へと足を向けた。
靴音が反響して、誰もいない部屋の広さと静かさを強調する。

「ようこそ、冒険者」

誰もいないはずの部屋に突然降ってきた声に、男は身構えた。
声は部屋の奥、二階に続く階段の先から聞こえたが姿は見えない。
階段を降りて来るような硬い靴音が響き、男は緊張して腰に提げていた剣に手を伸ばした。

「…誰だ」
「"誰"?」

男の問いに、笑ったような上擦った声が返ってくる。

「此処を何処だと思ってるんだ?」

だからこその問いだったのだが、声の主は笑って、階段から男の前に姿を現した。

「城に棲むのは王様って決まってるだろ?」

言って、呆然と立ち尽くす男に腰を折って貴族のように優雅な一礼をした。

「ようこそ、魔王の城へ」

乱れたマントを直しながら微笑まれ、男は目の前に現れた人間を言葉も無く凝視する。

「……だ…誰だ…!?」

戸惑いをやっと声に出した男に、問われた人物は眉間に皺を寄せて不愉快そうな顔をした。

「お前、頭悪いのか」
「なっ…!?」
「魔王の城だって言ってるだろ。魔王以外に誰がいるんだ」
「嘘だろ!?」
「どこに嘘吐く必要があるんだよ」

自称魔王は呆れたように言い、呆然と立ち尽くす男を冷ややかな眼で見ていた。

「なっ…だっ、だって……子供だろ!?」

声を荒げる男の前には、その男の肩の高さにも満たない少年が胸を張って立っている。

「悪いか」

少年はあからさまに顔を顰めて、上目遣いで男を睨んだ。

「魔王自ら出迎えてやったのに失礼にも程があるぞ」
「そ、そんな、いきなり言われたって子供に…信じられるか!此処に来てまだ魔物にだって遭ってないんだぞ!?」

男は動揺のまま早口に捲し立てるが、少年は可笑しそうに笑ってから答えた。

「使い魔は今、用事に行って貰ってるんだ」

からかうような少年の声に怒りを抑えつつ男は剣の柄を握り直して問う。

「…じゃあ本当に、お前が魔物を牛耳って、城から姫を攫ったって言うのか?」

問い質した男の科白を最後まで聞かずに、少年は指で耳を掻いていた。

「聞けよ!」

男が声高に言うと、詰まらなそうに唇を尖らせる。

「そんな事はどうだっていい。やるか、やらないかだ」
「どうでもよくないだろ……大体子供相手にどうしろって……」

歎息して呟く男の前で、少年は嘲笑うかのように目を細めた。

「子供だけど世界最強だぜ?」
「へ」

男に問い返す隙も与えず、少年は指を鳴らした。
瞬間後、少年の手が青黒い炎に包まれる。炎がうねり、掌で球状に固まると少年は予告も無く、男に向かってその炎を投げた。

「っ!」

飛び退って、男は思わず腰の剣を抜き、少年に向かって構える。
炎は床を穿ちすぐに消えたが、焼け焦げた匂いと黒煙を立ち昇らせていた。
少年は軽く舌打ちし、二発目を放とうと片手に炎を纏わせる。
男は一瞬身を屈めて少年に斬り掛かろうと構えたが、相手の姿に躊躇した。

「……っなんで子供が魔王なんだよ!」

魔王と言われても、人間の子供を斬るわけにはいかない。
愚痴のように男が零すと、少年は失笑したようだった。

「ちょっと違うな。魔王がまだ子供なのさ」 「は?」

きょとんとして、目の前の敵から剣先を逸らした男に、今度は少年が逡巡し、指を鳴らして手の中の炎を消した。

「…だから。器は子供だけど、中身はちゃんと魔王だぜ?」
「………」

男は眉間に皺を寄せて口を開いたが、何も言わなかった。

「やっぱり馬鹿だろ」

解っていないと顔に書いたような男を見て、少年は肩を落とし て呟いた。

「何度でも俺は生まれ直すんだよ。今回はたまたま人間だっただけで」

言って、自分の身体を示すように肩を掻いた。

「倒される度に他の生き物に生まれ変わる。今までの記憶も経験値も持ったままでな」

何の感慨も無く少年は言い、指を鳴らして炎を出した。

「だから子供でも魔王。10歳でも世界最強。じゃ、続きをやろー…」
「えっちょっと待てっ…!」

少年は、話は終わったとばかりにあっさりと男に向かって炎を投げつけた。男は慌てて手を翳すが素手で防げるはずもなく、なんとかその場から転がるように逃げる。

「今度は何だよ?」

苛立たしげに応えた少年に、新しく出来た穴の横で腰を抜かしたように膝をついた男が、片手を前に出して少年を制しながら喚く。

「ちょっと待て!生まれ変わるって、倒しても意味無くないか!?」

男の必死の抗議にも少年はあっさりと即答した。

「人間の方が、魔王を殺しにわざわざ此処まで来てるんだろ。殺られるのは俺だぞ?お前らの都合まで知るかよ」
「いやだからなんで毎回やられてんだって話で」
「それはお前らが倒しに来るからだろ。文句があるなら来なきゃいい」
「だって魔王がいるって言われたら来るだろ!」
「だったら倒せばいい。…倒せるならな」

子供に鼻で笑われて、男は腹が立って何か言おうとしたが子供相手だと自分に言い聞かせる。
その様子を見て、少年は呆れた顔をして言う。

「お前は何をしに来たんだ?」

階段に腰を落として諭すように男に声を掛けた。

「魔王を倒しに来たんじゃないのか?此処まで来て何を躊躇ってんだよ」
「…お前が子供だからだろ」
「子供が相手だなんて楽な仕事だって、前の奴は言ってたぜ?」

何が面白いのか少年は笑いながら言う。

「倒したくないのか?」

揶揄するように笑う少年に、男は無表情に頷いた。

「そうだ」

男の返答に少年は驚いて目を見開き、声も無く男を見詰めた。
男は床に座ったまま、剣を少年に向ける。

「だから。魔物に人間を殺すのをやめるように言え」

男と少年の間には、大人の歩幅でも五歩は掛かる距離がある。
剣を向けても届く距離ではなく、少年の攻撃なら距離は関係が無い。それでも男は動揺も狼狽もせずただ少年を見据えていた。

「…残念だが、それは出来ない」
「どうして」

少年の拒否にも、返す男の声は抑揚が無い。少年は笑いながら答えた。

「自分が助かる為に、代わりに飢えて死んでくれとは言えないさ」

聞いて、男は仰向けに倒れて大きく溜め息を吐いた。

「いつからだ?」
「何が」

倒れた男の傍らにしゃがみ込んで、少年は男の顔を覗き込む。

「魔王は関係無いって知ってたんだろう?」
「知らないさ」

男は淡々と呟き、身を起こす。その手には剣が握られたままだったが、自称魔王の少年は気にしていない様子だった。

「魔王を脅迫すれば良いと思って来たんだぜ?」
「それは残念だったな」

曲げた膝についた両手で顎を支えて少年は笑う。

「関係無いのか?」
「関係無いよ」

男の主語の無い問いに少年は即答した。

「自分の力だけで生きていけるのに、何もしない王を守って何の得があるっていうんだ?」
「じゃあなんで魔王なんて名乗ってるんだ?お前」
「人間は、王様が一番偉いと思ってるんだろう?王がいなくなれば終わりだと思ってくれるからな。…俺は死んでも死なないし」

男は掛ける言葉を探し結局何も言えなかった。

「お前こそ魔王を倒す為だけに此処まで来たんだろう?」

肩を竦めて少年が揶揄するように笑った。

「俺を殺したって何も変わらないが。此処に来るまで、何もしなかった訳じゃないだろ?」

言われて、男の剣を握った手に力が入る。

「その道を選んでしまったなら今更引き返せない」
「…そうだ」

少年の言葉に頷き、男は剣を握り直した。
少年は笑って、マントを払い男に対峙したが、剣を握ったまま男は動かなかった。

「…? どうし…」

怪訝に思って少年が声を掛けた瞬間、入り口の鉄扉が錆びた音を響かせた。
咄嗟に身構えた少年はマントを掴んで引き寄せ、男は少年の腕を引いて跪いたまま侵入者に剣を構える。

「…………立場逆じゃないですか?」

扉の前に現れたものは、頭と前足は鳥だったが胴から下は獅子の姿をした翼の生えた生き物だった。

「…あっ」

現れた魔物の言葉に、気づいたように声を上げた男の腕の中で少年は目を見開いて固まっていた。

「…あっは!あはははっ!」
「なっ何笑って…っ」

突然声を立てて笑い出した少年に、男は言いながらも自分の行動に顔を顰めている。
魔物は何の感情も見せず、笑う少年に歩み寄る。

「私はどうしましょうか?」
「送ってやれ」

男の肩を掴んで立ち上がって、笑いを堪えながら少年は答えた。

「勇者様は戦う気はないそうだ。近くの村にでも連れて行ってやれ」
「何を言って…!?」

男が慌てて声を上げるが少年は介せずさらりと言い返す。

「じゃあ殺し合うか?」

押し黙る男に少年は笑った。

「帰れ。辿り着けなかったフリでもしろ」
「帰れない」
「此処まで、一人で来るくらい腕に覚えがあるなら、何処でだって暮らせるだろう」
「…駄目だ」

頑なに首を横に振り続ける男に、少年は片眉を撥ね上げる。

「前金を貰ったんだ」
「前金?」
「魔王に攫われた姫を助けたら恩賞金が」
「へえ?」

関心したような声で呟く少年に男は顔を上げて言い切る。

「姫を連れて戻らないと帰れない」

少年は頭を掻きながら答える。

「知らないな。帰ってくれ」
「姫はどうした?」
「…どうしたって…」

口をへの字に曲げて少年は問い質してくる男を凝視した。

「目の前にいるだろ」
「……」

少年は暫くの間、息を止めた男を見詰めていたが、耐え切れず顔を逸らし小さく吹き出した。

「そんなベタな!!」
「うるせぇよ」

男の絶叫に、少年のような少女は破顔した。


後記:説明くさい


2013/03/10 ( 0 )




prev | next






戻る



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -