#1 拾う神

彼女を最初に見つけたのは彼だった。

教会の入口に置き去りにされていた彼女の体は冷えきっていて声も無かったが、彼は迷わず拾い上げて決して大きくはない腕で抱き締めた。
周囲の大人が彼女の為に温かい食事と寝床を用意している間も、彼はただ彼女を抱き締めていた。
彼は一度失くした命は二度と戻らない事を知っていた。生まれた命は祝福されるべきものだと教えられていた。救いは神に有るが愛は人の触れる手に在ると学んでいた。
だから彼は彼女が凍えないように手を握っていた。消えてしまわぬ様に抱き締めた。彼女を通して己も一つの命だと確かめるように慰めた。

そして、彼女は火の付いたように泣き出した。


2014/11/07 ( 0 )





#2 日々の糧

彼女は日々泣いた。

余りの執拗さに周囲の大人も辟易する程だったが、彼は一心に彼女を慰めた。己が此所に居る理由をやっと見つけたと思った彼は、彼女の為に日々を費やした。
彼女を健やかに育てる為に必要な家畜の世話をした。彼女が汚した衣類を洗う事も厭わなかったし、中々寝付かない彼女の手を握って寝物語りに何か語りかける事もした。
それは彼が今迄の日々繰り返してきた事と同じ事だったけれども、彼女の為だと思えば全く違ったものになった。
ある者にとって強者であるという自覚は、彼に優越感とそれに対する羞恥を与えたが、それ以上に明日への期待を育ませた。

明日の彼女を幸福に満たす事が使命の様に、彼は新しい日を過ごした。


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#3 祈り、唄う

彼女は神を信じていなかった。

救う神がいるならば、毎日飢えに悩まされる必要はなく、寒さに凍えて眠れぬ夜を過ごす事もないはずだと公言した。
思想の相違は他者との軋轢を生んだが、彼女は神も他人の善意も信じていなかったので、恐れるものも何も無かった。
讃えるものなど無いと嘯く彼女に彼は感謝をするのだと説いた。
生きる糧を与え許容する世界に、生きる為に強いた犠牲に感謝する、その心を失くしたなら獣と何も違わないと説法する彼は、彼女を批判する信者達とは違い、何があろうとも他を呪い蔑む為の言葉を話す事は決して無かった。
己を戒め他者を許し続ける彼を前に、彼女は神よりも尊ぶものがあると思った。

彼女は、彼に出会えた世界に感謝し、彼の心を信じようと決めた。


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#4 素晴らしい世界

彼女が見解を変えれば、憎んでいた世界は奇蹟に溢れていた。
醜悪で凡庸な日常は有り触れた小さな幸福で彩られていた。


彼女は盲目的に彼に恋をしていた。


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#5 断罪される贖罪

生まれる前から彼は罪を担っていた。

その罪は隠匿せねばならないが、忘却する事は赦されなかった。公然の秘密は彼の価値を孤高に押し上げ、存在を貶めた。
彼は、余人に阿る事を余儀無くされ、故に他者を信用出来なくなっていた。しかし疑心を悟られる事は彼が軽薄なだけであると卑しめるに等しい。
初めに彼女を助けたのは善意ではなく外聞だったのだけれども、後から生まれた情は嘘では無かった。そして、彼女から返された、純粋な恋慕を生まれて初めて向けられた彼は抵抗する手段すら知らなかった。
彼は秘する事で罪を重ねていく。隠された小さな罪は降り積もって彼を苛む。

罪を軽くするつもりで救った命は、迚も重く彼にのしかかっていた。


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