ずっと居る


そこは、城と云うよりは教会のような場所だった。
石造りの壁も床も何処かしら欠けていて、鉄扉は古く少し動かすだけで耳障りな音を出して軋む。入り口の真上にはステンドグラスが填められていて、床に薄い影を落としていた。
確かめるようなゆっくりとした歩調で入り口を潜ったその男は、床の光を爪先で踏み、吐息と一緒に口許だけで笑むと城の奥へと足を向けた。
靴音が反響して、誰もいない部屋の広さと静かさを強調する。

「ようこそ、冒険者」

誰もいないはずの部屋に突然降ってきた声に、男は身構えた。
声は部屋の奥、二階に続く階段の先から聞こえたが姿は見えない。
階段を降りて来るような硬い靴音が響き、男は緊張して腰に提げていた剣に手を伸ばした。

「…誰だ」
「"誰"?」

男の問いに、笑ったような上擦った声が返ってくる。

「此処を何処だと思ってるんだ?」

だからこその問いだったのだが、声の主は笑って、階段から男の前に姿を現した。

「城に棲むのは王様って決まってるだろ?」

言って、呆然と立ち尽くす男に腰を折って貴族のように優雅な一礼をした。

「ようこそ、魔王の城へ」

乱れたマントを直しながら微笑まれ、男は目の前に現れた人間を言葉も無く凝視する。

「……だ…誰だ…!?」

戸惑いをやっと声に出した男に、問われた人物は眉間に皺を寄せて不愉快そうな顔をした。

「お前、頭悪いのか」
「なっ…!?」
「魔王の城だって言ってるだろ。魔王以外に誰がいるんだ」
「嘘だろ!?」
「どこに嘘吐く必要があるんだよ」

自称魔王は呆れたように言い、呆然と立ち尽くす男を冷ややかな眼で見ていた。

「なっ…だっ、だって……子供だろ!?」

声を荒げる男の前には、その男の肩の高さにも満たない少年が胸を張って立っている。

「悪いか」

少年はあからさまに顔を顰めて、上目遣いで男を睨んだ。

「魔王自ら出迎えてやったのに失礼にも程があるぞ」
「そ、そんな、いきなり言われたって子供に…信じられるか!此処に来てまだ魔物にだって遭ってないんだぞ!?」

男は動揺のまま早口に捲し立てるが、少年は可笑しそうに笑ってから答えた。

「使い魔は今、用事に行って貰ってるんだ」

からかうような少年の声に怒りを抑えつつ男は剣の柄を握り直して問う。

「…じゃあ本当に、お前が魔物を牛耳って、城から姫を攫ったって言うのか?」

問い質した男の科白を最後まで聞かずに、少年は指で耳を掻いていた。

「聞けよ!」

男が声高に言うと、詰まらなそうに唇を尖らせる。

「そんな事はどうだっていい。やるか、やらないかだ」
「どうでもよくないだろ……大体子供相手にどうしろって……」

歎息して呟く男の前で、少年は嘲笑うかのように目を細めた。

「子供だけど世界最強だぜ?」
「へ」

男に問い返す隙も与えず、少年は指を鳴らした。
瞬間後、少年の手が青黒い炎に包まれる。炎がうねり、掌で球状に固まると少年は予告も無く、男に向かってその炎を投げた。

「っ!」

飛び退って、男は思わず腰の剣を抜き、少年に向かって構える。
炎は床を穿ちすぐに消えたが、焼け焦げた匂いと黒煙を立ち昇らせていた。
少年は軽く舌打ちし、二発目を放とうと片手に炎を纏わせる。
男は一瞬身を屈めて少年に斬り掛かろうと構えたが、相手の姿に躊躇した。

「……っなんで子供が魔王なんだよ!」

魔王と言われても、人間の子供を斬るわけにはいかない。
愚痴のように男が零すと、少年は失笑したようだった。

「ちょっと違うな。魔王がまだ子供なのさ」 「は?」

きょとんとして、目の前の敵から剣先を逸らした男に、今度は少年が逡巡し、指を鳴らして手の中の炎を消した。

「…だから。器は子供だけど、中身はちゃんと魔王だぜ?」
「………」

男は眉間に皺を寄せて口を開いたが、何も言わなかった。

「やっぱり馬鹿だろ」

解っていないと顔に書いたような男を見て、少年は肩を落とし て呟いた。

「何度でも俺は生まれ直すんだよ。今回はたまたま人間だっただけで」

言って、自分の身体を示すように肩を掻いた。

「倒される度に他の生き物に生まれ変わる。今までの記憶も経験値も持ったままでな」

何の感慨も無く少年は言い、指を鳴らして炎を出した。

「だから子供でも魔王。10歳でも世界最強。じゃ、続きをやろー…」
「えっちょっと待てっ…!」

少年は、話は終わったとばかりにあっさりと男に向かって炎を投げつけた。男は慌てて手を翳すが素手で防げるはずもなく、なんとかその場から転がるように逃げる。

「今度は何だよ?」

苛立たしげに応えた少年に、新しく出来た穴の横で腰を抜かしたように膝をついた男が、片手を前に出して少年を制しながら喚く。

「ちょっと待て!生まれ変わるって、倒しても意味無くないか!?」

男の必死の抗議にも少年はあっさりと即答した。

「人間の方が、魔王を殺しにわざわざ此処まで来てるんだろ。殺られるのは俺だぞ?お前らの都合まで知るかよ」
「いやだからなんで毎回やられてんだって話で」
「それはお前らが倒しに来るからだろ。文句があるなら来なきゃいい」
「だって魔王がいるって言われたら来るだろ!」
「だったら倒せばいい。…倒せるならな」

子供に鼻で笑われて、男は腹が立って何か言おうとしたが子供相手だと自分に言い聞かせる。
その様子を見て、少年は呆れた顔をして言う。

「お前は何をしに来たんだ?」

階段に腰を落として諭すように男に声を掛けた。

「魔王を倒しに来たんじゃないのか?此処まで来て何を躊躇ってんだよ」
「…お前が子供だからだろ」
「子供が相手だなんて楽な仕事だって、前の奴は言ってたぜ?」

何が面白いのか少年は笑いながら言う。

「倒したくないのか?」

揶揄するように笑う少年に、男は無表情に頷いた。

「そうだ」

男の返答に少年は驚いて目を見開き、声も無く男を見詰めた。
男は床に座ったまま、剣を少年に向ける。

「だから。魔物に人間を殺すのをやめるように言え」

男と少年の間には、大人の歩幅でも五歩は掛かる距離がある。
剣を向けても届く距離ではなく、少年の攻撃なら距離は関係が無い。それでも男は動揺も狼狽もせずただ少年を見据えていた。

「…残念だが、それは出来ない」
「どうして」

少年の拒否にも、返す男の声は抑揚が無い。少年は笑いながら答えた。

「自分が助かる為に、代わりに飢えて死んでくれとは言えないさ」

聞いて、男は仰向けに倒れて大きく溜め息を吐いた。

「いつからだ?」
「何が」

倒れた男の傍らにしゃがみ込んで、少年は男の顔を覗き込む。

「魔王は関係無いって知ってたんだろう?」
「知らないさ」

男は淡々と呟き、身を起こす。その手には剣が握られたままだったが、自称魔王の少年は気にしていない様子だった。

「魔王を脅迫すれば良いと思って来たんだぜ?」
「それは残念だったな」

曲げた膝についた両手で顎を支えて少年は笑う。

「関係無いのか?」
「関係無いよ」

男の主語の無い問いに少年は即答した。

「自分の力だけで生きていけるのに、何もしない王を守って何の得があるっていうんだ?」
「じゃあなんで魔王なんて名乗ってるんだ?お前」
「人間は、王様が一番偉いと思ってるんだろう?王がいなくなれば終わりだと思ってくれるからな。…俺は死んでも死なないし」

男は掛ける言葉を探し結局何も言えなかった。

「お前こそ魔王を倒す為だけに此処まで来たんだろう?」

肩を竦めて少年が揶揄するように笑った。

「俺を殺したって何も変わらないが。此処に来るまで、何もしなかった訳じゃないだろ?」

言われて、男の剣を握った手に力が入る。

「その道を選んでしまったなら今更引き返せない」
「…そうだ」

少年の言葉に頷き、男は剣を握り直した。
少年は笑って、マントを払い男に対峙したが、剣を握ったまま男は動かなかった。

「…? どうし…」

怪訝に思って少年が声を掛けた瞬間、入り口の鉄扉が錆びた音を響かせた。
咄嗟に身構えた少年はマントを掴んで引き寄せ、男は少年の腕を引いて跪いたまま侵入者に剣を構える。

「…………立場逆じゃないですか?」

扉の前に現れたものは、頭と前足は鳥だったが胴から下は獅子の姿をした翼の生えた生き物だった。

「…あっ」

現れた魔物の言葉に、気づいたように声を上げた男の腕の中で少年は目を見開いて固まっていた。

「…あっは!あはははっ!」
「なっ何笑って…っ」

突然声を立てて笑い出した少年に、男は言いながらも自分の行動に顔を顰めている。
魔物は何の感情も見せず、笑う少年に歩み寄る。

「私はどうしましょうか?」
「送ってやれ」

男の肩を掴んで立ち上がって、笑いを堪えながら少年は答えた。

「勇者様は戦う気はないそうだ。近くの村にでも連れて行ってやれ」
「何を言って…!?」

男が慌てて声を上げるが少年は介せずさらりと言い返す。

「じゃあ殺し合うか?」

押し黙る男に少年は笑った。

「帰れ。辿り着けなかったフリでもしろ」
「帰れない」
「此処まで、一人で来るくらい腕に覚えがあるなら、何処でだって暮らせるだろう」
「…駄目だ」

頑なに首を横に振り続ける男に、少年は片眉を撥ね上げる。

「前金を貰ったんだ」
「前金?」
「魔王に攫われた姫を助けたら恩賞金が」
「へえ?」

関心したような声で呟く少年に男は顔を上げて言い切る。

「姫を連れて戻らないと帰れない」

少年は頭を掻きながら答える。

「知らないな。帰ってくれ」
「姫はどうした?」
「…どうしたって…」

口をへの字に曲げて少年は問い質してくる男を凝視した。

「目の前にいるだろ」
「……」

少年は暫くの間、息を止めた男を見詰めていたが、耐え切れず顔を逸らし小さく吹き出した。

「そんなベタな!!」
「うるせぇよ」

男の絶叫に、少年のような少女は破顔した。


後記:説明くさい




2013/03/16 ( 0 )







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