「…命より王冠が大事か。欲の張った女だな」

嘲笑う帽子の男に女は鼻で笑った。

「海賊に言われたくないわね。…私のものに、私以外に誰が命を賭けると云うの」

帽子の男が片手を振って、それを合図に群がっていた船員の一人が、船室に連れて行こうと女の腕を掴んだが、女は男の手を振り払う。
こいつ、と脅す男に女は怯まず睨み返した。
思うようにならない女にかっとなって手を振り上げた男を帽子の男が止める前に、横から勢いよく何かがぶつかって女の目の前で男は手を振り上げたまま弾き飛ばされた。
全員の視線が集中する中、吹っ飛んだ男の近くに頭に布を巻いた少年が着地する。少年がぶら下がってきた縄が所在無さ気に大きく揺れていた。
殴られると思って一瞬身構えた女は、目の前に飛び出してきた少年を見て目を瞠る。

「何をして…!?」
「…何で助けてんだ俺?」

蹴り倒した相手に向かって首を傾げる少年に、女は思わず鼻で笑った。

「あ、なぁにあたしに惚れちゃっ」

最後まで言わせずに少年は女を横から回し蹴った。ぐわ、と貴婦人らしからぬ声を上げ、手と膝を床について女は少年を睨み上げる。

「助けに来たんじゃないんかい!」
「あ、そうだった」

邪魔だと言い切って少年はもう一度女を足蹴にした。女は文句を言いながらも、足に力が入らない事に気付いて急いで四つん這いのまま壁際に逃げた。
少年は屈強な男たちに囲まれても怯まず、襲いかかってくる敵を躱しながら立ち回る。
喧嘩慣れした少年の動きに目を奪われていた女は、突然背中に衝撃を受けた。

「ぐぇっ」

再び蛙のような声を上げ床に這う。帽子の男が女の腕を背中に回してその上に跨るように押さえ付けていた。
男の手には短銃が握られ銃口は女の頭に押しつけられている。女の潰れた悲鳴を聞いて振り向いた少年はそれを見て叫ぶ。

「それ俺の銃!盗ったな!?」
「まずあたしの安否を気遣いなさいよ!」

指差して抗議する少年に女は銃口を押しつけられている事も忘れて背筋で起き上がりながら怒鳴る。思わず男は驚いて押しつけていた銃を女から離した。
少年はあからさまに馬鹿にした顔で淡々と言う。

「だってお前、人質なら殺されるわけねぇだろうが」
「それはそうだけど!」
「女は殺せねぇけどな…」

背中に回された腕を更に絞められ、女は息を詰める。女が黙った事を確認して帽子の男は銃を少年に向けた。

「邪魔者は消していいって言われてんだよ」

言い終わると同時に銃声が響き、少年が腹部を押さえながら片膝をついた。
女は青ざめてから身を捩り男の下から抜け出そうとしたが、敵わないと悟ると、今度は怒気に顔を赤くして男に向かって喚き散らす。

「撃たなくてもいいじゃない!! 卑怯者!盗人!!」
「暴れんなこの女…っ」

男を睨み上げようと女は必死に上体を捻りながら首を巡らせ、両足をばたつかせた。
男は撃った銃に違和感を感じたが、すぐに女が暴れ出したのでそれどころではなかった。女を押さえ付けようと見下ろした男の目の前に白刃が突き付けられる。
状況を理解できないまま鋼を辿るように視線を上げると、撃たれたはずの少年が傍で剣を握って立っていた。

「…撃たれたんじゃ…!?」

女が信じられないものを見るように言うと、少年は示すように刃を揺らしながら答えた。

「その銃、音だけだから。撃たれたフリして拾っただけ」
「やはりか」

先ほど感じた違和感の正体を知った男は一人納得して呟いたが、女は騙された怒りのまま少年に怒鳴り散らした。

「だっ騙したわね!! この嘘つき!卑怯者!馬鹿!」
「…うるせぇ」

少年は不機嫌な顔をして、喚く女の口を塞ごうと押さえられたままの女の顔を踏んだ。

「一人で何が出来ると思ってるんだ?」

顔の前を通って胸元に剣を突き付けられながらも男は余裕を持って少年を見上げる。少年の周囲には倒れた海賊の手下が少しずつ意識を取り戻し、立ち上がって少年を警戒するように取り囲んでいた。
周囲の動きに気付いてはいるが、少年は目もやらず男にだけ刃を突き付けている。

「…そろそろじゃねぇかと……来た」

少年が呟いていると、雷が落ちたような音が響いて、地震のような震動が床を伝う。ほぼ同時に船体が不安定に揺れ始めた。

「何!?」
「アルに火薬庫に火付けろって言っといたからさ」

誰もが女と同じ問いを口にしたが、少年は聞かれた瞬間に女を押さえていた男のこめかみを蹴り飛ばした。男は突然の衝撃に意識を失い、蹴られた勢いで横向きに倒れる。腕を背中に回させられて掴まれたままだった女は、倒れた男につられて転がり、男の足に挟まれたまま仰向けになった。

「行くぞ」

少年は自由になった女の腕を掴んで無理矢理立たせる。力無くよろめいて歩く女を引き摺りながら、船の端まで駆け寄ると手摺に足を掛けた。

「なっ!? ちょっ、まさかっ」

次の行動を予測した女は腕を引いて抵抗を示したが力など入らない上に少年は女の意向には構っていなかった。あっさり手摺を乗り越え海の上に身を踊らせる。

「ぃや───!!」

引っ張られ、女は悲鳴を上げて海に落ちた。
薄着で身軽な少年に支えるように腕を引っ張られるが、女は水が浸透した服が重くて水面に顔を出すのも必死だ。
もう無理だと沈みかけた頃、目の前に差し出された棒に無我夢中にしがみついた。
小舟から金髪の男が面白そうに笑いながら声を掛け、女をくっつけたまま櫂を手繰り寄せる。

「大丈夫ー?」
「…死ぬかと思った…」
「じゃあ沈めこの野郎」

先に自力で小舟まで辿り着いていた少年は、答えた女の頭を後ろから押さえ付けて言う。

「がぶふっ」

頭まで沈んで女は櫂にしがみつきながら溺れ始めた。
少年は押さえた頭を踏み台にして小舟に乗り込む。舟のへりに寄り掛かるように両腕を外側に投げ出して座るのを見て、金髪の男は一人で、沈みそうな女に手を貸して舟に引き上げた。
飲んだ海水にえづく女の介抱は放置して金髪の男はさっさと舟を漕ぎ出し、少年は同乗した誰にも手を貸したりせず、今身を投げ出して来た大型船を見ていた。
傾いた船が沈みながら軋む音と、甲板を走り回る人の怒号ばかりが他に何もない海に響き渡っていく。

「船はよかったのにな…。勿体ねぇなぁ…」
「沈めといてよく言う…」

金髪の男が舟を漕ぎながら笑うと、少年は濡れたので脱いでいた靴を投げつけたが、少年と金髪の男の間で咳き込んでいた女にぶつかった。

「痛っいわね…汚いじゃないのよ!」
「うるせぇ!助けてやったんだろうが!礼くらい言えってんだ!」

触りたくもないのか足を縮めて両手で裾を翻しながら靴を遠ざける女に、少年は濡れた服も脱いで、搾った水をひっかけながら言う。
女は身をひねって逃げながら少年に向かって喚いた。

「やめろっての、汚ならしいでしょうが!何よ、お礼が欲しいなら船の一つぐらいあげましょうか!?」
「…。ムカつく!」

叫んで、少年は立ち上がって女の背を踏んで小さな舟から押し出そうとする。

「やめてよ落ちるでしょうが!やめろ!」

踏んでくる足を払い除けながら本気で叫ぶ女とそれでも蹴り出し続ける少年に、大きく揺れる舟に掴まりながら金髪の男は大声を上げて笑っていた。

爆発音や怒号が交錯する波の上で、金髪の青年の笑い声が一番大きく響き渡っていた。


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後記:名前が出ない…!


2014/10/29 comment ( 0 )






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