君らしく純真なままで(1)


 目立ちにくい漆黒色のギターケースを肩に提げながら、石田ヤマトは白く漂う自分の吐息を、もうそんな季節か、と感慨深げに目で追う。今年もだいぶ寒くなった。室内との温度差にまだ慣れていない身体が僅かに身震いするのを感じ、ヤマトは早足にスタジオを後にする。

 煌びやかなネオンが夜通し輝く眠らない街、お台場。この季節、午後六時ともなるとすっかり日は沈むのにこの街は昔から昼も夜も関係なく、豪快なイルミネーションが歩道や人々を照らし続けている。

 真冬になるとクリスマスシーズンに肖ってよりいっそう輝かしくなるのが、ヤマトは昔、嫌いだった。光が丘に住んでいた頃はそうでもなかったが、それは、両親がまだ離婚していなかったからだ。父の裕明は当時から仕事に命を賭けているような人だったが、幼い頃のヤマトにはまだ、母の奈津子と弟のタケルがそばにいた。

 両親の離婚が決まりお台場に引っ越してからのヤマトは、いつも一人きりだった。クリスマスでさえそれは例外ではなく、狭いマンションのリビングでいつものように洗濯物を畳み、自炊をし、父が帰宅する前に眠りに落ちる。

 何年もそんなことが当たり前だったけど、当時のヤマトはまだほんの幼い、普通の小学生だった。我慢を強いられて来たが故に素直さに欠け、少しだけ捻くれた性格をしていたけれど、それでも普通の少年であった。口や顔には出さずとも、いつだってずっと寂しかった。寂しいと言えないから、余計に寂しかった。

 だから、嫌いだった。――あの夏の日までは。



 ちょうど帰宅ラッシュの時間帯なのだろう。帰路は忙しなく行き交う人々で溢れ返っている。くたびれた感じのサラリーマンや、背筋をしゃきんと伸ばして機敏に歩くOL、まだまだエネルギーの有り余っている少し悪ぶった感じの若者たち、ヤマトとは違う他校の制服を着た学生等、次々と擦れ違う。

 なんとなく流れ行く景色を見上げたヤマトは不意に、行きずりの店のショーケースに目を留めた。気の早いことに、すでにクリスマスのイルミネーションを彩ったショーケースには、一押しのレディースファッションと称して、赤いロングワンピースが展示されている。赤と言えば、サンタクロースのイメージだが、――そんなことよりも、ヤマトの頭には別のイメージが巡っていたのだった。

 よく見ると、全然違う。若干の色使いも、デザインも。だが、長いような短いような時間を、似たような服を着た少女と共に過ごした日々のことを、不意に思い出した。足が止まった。なんとなく、脳裏に蘇ったのだ、ほんの、それだけ。



 黄色い声と、射抜くような熱い視線を感じる。さり気なく見やると、寒空の下、露出度の高い華やかなファッションを着こなした若い女性が二人、ヤマトに甘い眼差しを送っていた。たぶん、年上。昔から年上には好かれる性分だったが――それだけじゃないだろう。

 それなりに有名になったものだ。バンド活動を初めてからと言うもののヤマトの周りは以前にも増して、女性の熱烈な、憧憬のような、或いは妖艶な視線が後を絶たなかった。その道を選んだのは自分なのだからもちろん悪い気などしないし、してはいけないと何度か胸の内で言い聞かせてきた。

 けれど時折、心のどこかで――苛立ちとまでは言わないが、うんざりしてしまうような気だるさも同時に感じるのだった。この年にもなるとだいぶ人付き合いにも慣れたし、女の子への接し方も少しは紳士的になった。だが、やっぱり自分は、未だにちょっと、苦手なのだ、女の子は。

 今にも話しかけて来そうな女性たちから視線を逸らし、気付かないふりを努める。少しわざとらしく、遠く、明後日の方向へ顔を向け――ヤマトは思わず目を見張った。よくよく目を凝らしてそれ≠確信すると、ヤマトは焦燥にも似た気分で掛け出していた。





「だから! 暇は暇でもあなたたちで暇つぶしするほど暇じゃないわよあたしはー!」



「おい、なにしてんだ」





 清潔そうな白いニットワンピースの袖口を思わず握り締めると、折れそうなほどか細くて柔らかな温もりが掌に納まる。

 新たな敵の襲来か、とばかりに怪訝そうに首だけを振り向かせた少女が目を張る。振り向き様に、彼女の緩くウェーブした長い茶髪の甘美な香りが、鼻の先を擽った。



「ヤマトさん」



「悪いけどこの子、俺の連れなんだ」



 やんちゃそうな若者の一人が、「なんだよ、男と一緒だったのかよ」と罰が悪そうに引き笑いを浮かべたが、それだけだった。

 落胆の表情を浮かべつつあっさりと少女から身を退いた少年たちが、邪魔して悪かったねー、と軽口で言うと、人混みの中へ消えて行った。

 それでヤマトはようやく少女の腕を解放し、額に手を当てた。今までの焦燥感を隠すように呆れ顔を装い、改めて彼女に声を掛けた。



「相変わらずヒヤヒヤさせるよな」

「あら、それをヤマトさんが言うー?」



 先ほどは怒りの形相で少年たちを睨んでいたと言うのにけろりとしたもので、からからと可笑しそうに笑い声を零している。切り替えの早さも彼女らしくて、そんなところも相変わらずのようで、安心する。



「久しぶりの再会なのに、他に言うことがあるんじゃない、ヤマトさん?」

「ああ、悪い」



 情けないが緊張で僅かに早くなっていた鼓動が、安堵と同時に徐々に穏やかになって行く。

 ヤマトは観念したように唇の端を上げて、真っ直ぐに向けられる愛らしい瞳を見下ろした。





「久しぶりだな、ミミ」







ヤマトのミミの呼び方に関しては、ジュレイモンの回で呼び捨てにしていたので、これで合っているかと思います。

ところでヤマトの将来の職業は宇宙飛行士でしたが、いったいどこでその道に進むことにしたのでしょう。
無印では野球少年でハーモニカを披露していた彼が、02ではギターとボーカル、挙げ句の果てに宇宙飛行士ですよ、ぶれまくりw
音楽が好きなのでしょうから是非その道で進んでほしかったなと思った記憶があります。それとも進んでみて失敗したのでしょうか。それは考えたくない。
と言うことで、この物語では現在ヤマトは高校一年生の設定なのですが、まだバンド活動は続けていることになりました。インディーズで固定ファンもそれなりにいるって言う。

次回は無印の冒険の話になります。

2013/11/06


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